第5-5話 ボスと青年
ゴ、オオオオオオオオオオオオ!
ウ、オオオオオオオオオオオン!
紹介しよう。
向かって右手にいるのはセドル街道で出会った魚魔物の二倍の大きさはあろうかという、ニビゴブリンを筋骨隆々にしたような大トロール。キャミーが「ヒーロートロール!?」と叫んでいたので、きっとそれだ。逞しい感じがヒーローなのだろうか。装備は大きな斧と、鉄板を雑に縫い合わせた腰当て。醜悪であろう顔は、目深に被った角つきの兜でいくらかマイルドである。
向かって左手にいるのは犬のような顔をした、というより、狼を二足歩行にし、これもまたサイズアップした狼人間。コーロが「フェンリルナイト!?」と顔を青くしているので、きっとそれだ。確かに装備はヒーロートロールより整っている感じで、ハーフプレートアーマーに革と銅でできた腰当て、鈍く光る棘付き棍棒、甲羅のような盾を身に付けている。
それにしても、皆、本当に博識だ。
「チッ、群れのボスってやつか……?」
「そのようね。後ろからチビちゃんたちもぞろぞろ来てるわよ」
「チッ、魔女、見ていないで土壁を修復しろ」
「ごめんなさい。土壁を作るのに魔力を殆ど使ってしまったわ。手持ちのポーションを使えばいいけど、土壁はすぐに破られるのがオチよ」
「チッ、つか」
「使えないとか言ったらちょん切るにゃ。クロちゃん」
「……ぐっ」
虎のように鋭い眼光でキャミーが睨めつけると、クロイツェルは黙った。
きゅっとした。どこがとは言わないが。
土煙は晴れ、ヒーロートロールとフェンリルナイトの姿が顕になる。サファイアさんの言うとおり、ニビゴブリンとヌルコボルトたちも、ボスが空けた風穴から壁の内部に入り込んできた。子分たちは威嚇したり、こちらを窺ったりしているが、ボスたちは互いに睨み合いをしているようだ。
「こ、このまま戦い合ってくれないかな……その隙に僕らは横穴を作って逃げようよ。森を突っ切るか、迂回するか、そこは決めかねるけど」
「おお、さすがコーロ。うちの参謀はお前だなっ」
「えっ、【勇者】様、恐れ多いよ……」
コーロの肩をポンポンと叩くと、クロイツェルがジト目を向けてきた。
「な、なんだよ。お前もポンポンしてやろうか……?」
「チッ、いらん。気持ち悪い」
あれ、違ったみたいだ。
気づけばキャミーもジト目である。
「えっと、ミィはポンポンいるか……?」
「今じゃないにゃ。【勇者】様はモテないにゃ」
「ええ……?」
あれえ、いつものキャミーならポンポンされたがりそうな気がしたのだが。
クロイツェルもキャミーもモンスターたちに向き直ってしまった。
コーロの作戦通り行けば、とりあえずボスたちが戦い始めたのを見計らって土壁に穴を開ける。そして壁の外側から【ネルベラ】まで全力疾走するなら、ニビゴブリンかヌルコボルト、どちらかの拠点の近くを通らねばならない。もしくは数日遅れになるが、森を避けて迂回するかだ。
さて、どちらにするか。コーロと俺が腕を組んで悩んでいると、ツィータが俺の服を引っ張ってきた。
「ねえ、こっち見られてない?」
「え?」
顔をあげると、確かにヒーロートロールとフェンリルナイトを含めたモンスターたちがこちらを見ている。
全力疾走と迂回と、どちらを選ぶかではなかったようだ。
「やれやれ、なるほど――」
ぞくん。
全身の毛穴が逆立ち、汗が吹き出す。身体はこわばり、手先が冷たくなる。
仲間たちも同じような感覚であると直感した。
そして、モンスターたちも。
モンスターたちが見ているのは、俺たちじゃない。
俺たちよりも、もっと後ろ。
途端、モンスターたちは黒く燃え上がった。
断末魔の叫びさえ上げられず、ただ黒い火柱となる。
俺たちはぼうっと、見ているだけだった。
やがて火は消え、山となった黒い消し炭だけが残る。
「モンスターは殺さないとね」
青年の声だった。
仲間は皆、動けずにいる。
氷のようになった足を意志で溶かし、体ごと振り返る。
「やあ、【勇者】一行」
幼さの残る目元をほころばせて、黒装束の青年はにこやかに笑う。
ぽっかりと穴の空いた胸元を隠しもせず。
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