第5-3話 開戦と無鉄砲

 スローモーションのようだった。

 ゴーレムが横薙ぎに振るった拳は鈍色の砦を飴細工のように粉砕し、中にいたニビゴブリンがドールハウスの人形のようにごろごろと放り出される。意表を突かれたのか、本当の人形のように身体をこわばらせ、一部は地面に転がりながら、一部は青灰色の砦の窓からダイブした。

 呆気にとられて、すべてが重力に負け尽くすまで誰もが動けずに居た。

 砂埃だけが時が止まっていないことを証明している。


 ――ゴーレムが再び拳を振り上げた。


 辺りの空気が、ぶるり。

 世界が息を吹き返した。


 グギギギギギギギギギギギギギ!

 キイイイイイイイイイイイイイ!


 ゴブリンとコボルトの金切り声。

 地は鳴り、森はざわめき、鳥たちは四方八方飛び立っていく。


「【勇者】様!」


 コーロの声が聞こえる。

 夢のように俯瞰していた。麻痺していた目がじわと熱くなる。

 眼前に広がるのは、暴れ始めたゴーレム、瓦解した片砦、突撃するコボルト、臨戦態勢のゴブリン。

 夢じゃない。


「チッ! 後退しながらゴブリンやコボルトが来たら各個撃破しろ!」

「ぐぬー! 使えない盾だにゃあ! にゃっ!? コボルト!」

「距離をとるわ! 《風圧式》!」

「ひゃっ。ゴブリンとコボルトが押し返された……?」


 現実で、仲間たちが戦っている。

 それなら戦力外通告を受けた【勇者】はどうする?

 ――答えは決まっている。


「コーロ、捕まえるから落ちるなよ!」

「うん! ……え?」


 兵士を残して、俺たちは駆け出した。正確に言うと、コーロを担いだ俺が駆け出した。


「ひえええええええええっ!?」


 コーロが悲鳴をあげる。

 坂道を降りていくと、身体がスピードに乗って、周りの景色を置き去りにする。俺の頭の中は仲間たちのところに向かうことで一杯だった。戦略的撤退をする仲間たちとの距離が縮まっていく。


「にゃあっ!? 【勇者】様あ!?」

「やあ! ミィ、怪我してない?」

「何してるのよ【勇者】!」

「ツィータ、走るのも速いんだね!」

「チッ! 何しに来たオズワルド! 一旦退くぞ!」

「助けに来た! クロイツェルたちは一旦退いててくれ!」

「エリオット君! 戻りなさい! このままじゃ四つ巴よ!」

「あ、サファイアさん! コーロの着地点に《風圧式》を!」

「え!? 【勇者】様、何を……」

「コーロは作戦通り、ゴブリンとコボルトに向けて眠り香を投げつけてくれ! ゴーレムは俺がなんとかする!」


 斥候隊の四人を追い越し、ゆっくり近づいてくるゴーレムと、青筋を立てて走ってくるゴブリンとコボルトの軍勢に突進する俺とコーロ。一部のゴブリンは様子見か、足を止める者もいた。

 構わず突っ込む。

 十分に近づき、駆け足のまま、コーロを振りかぶる。


「頼んだぞ、コーロ!」

「ヒッ――」


 ゴーレムの後ろに着地するように、円弧を描いてコーロの身体を投げ飛ばす。

 短い悲鳴とともに、コーロは浮遊した。ポケットに手を入れるのが見えたので、安心して俺自身はゴーレムに向き直った。


「《風圧式》!」


 後ろからサファイアさんの声がし、魔力の振動を感じる。

 クロイツェルが何かを叫んでいるが、無視。キャミーが踵を返す気配がするが、振り切ってゴーレムに駆ける。

 ゴーレムが仁王立ちになり、両腕を振りかぶっている。

 その後ろに迫り来るゴブリンとコボルトの頭上に、導火線に火がついた数個の緑色の球が放られているのを見ながら、俺は息を大きく吸う。

 ゴーレムの拳が弾けるように放たれた。

 瞬きすれば、必中の距離。


「《ハウル》!!」


 叫ぶ。

 俺の頬にゴーレムの拳が触れていた。


 ――ゴバッ、と積んだ石が崩れる音。

 俺の視界は石片と砂塵で覆われ、思わず目を閉じる。駆けた勢いのまま、俺は足をばたつかせながら、前のめりに転げる。身体にこれでもかと砂埃を纏って、ヘッドスライディングしながら地面を擦り、やがて止まった。

 遅れて、背中や後頭部に石塊が降り注ぐ。


「あだだだだだだだだだ」


 全身に痛みを感じながら、視界の上の方に砂埃とは違った煙幕が見えた。コーロの眠り香だろうか、と直感した。

 石が一頻り落ちきったと見て、後ろを振り返る。

 上半身を失ったゴーレムの足裏が見えた。『emeth』という文字も。


「ちょ」


 ――ゴドン。

 きっと、踏まれた。

 現実は絵本より奇なり。

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