第5-2話 ゴーレムと作戦

 ゴーレム。土塊魔人とも言われ、自然発生したり、高位の魔物や魔法使いが術によって創造したりする。生命体かどうかもわからないため、魔物ではなく、自然物や魔道具として語られることが多い。強さや大きさもまちまちだ。

 ニビゴブリンとヌルコボルトの集落の間のゴーレムがどんな理由で現れたのか、俺は気になった。


「あのゴーレムはどうやって現れたんだ?」

「はい、この道は王都から北に最短の街、【ネルベラ】に続いています。ここからなら遠目に見えるでしょう。まあそんなに大きな街ではありませんがね。その南には森があって、ゴブリンとコボルトが集落を作っているんです。そいつらを監視するための監視台なんですがね、つい先刻、あのゴーレムが【ネルベラ】のほうからやってきて、ぶっ壊しやがったんですよ。情けない話、手も足も出なかった。剣も弓も効かなくて、逃げるだけしか出来なかった」

「こんなことはよくあるのかい?」

「ありませんよ。少なくとも俺が働いてる二年間はそんな話は聞いたこともない。証拠にホラ、ゴブリンやコボルトまで随分と殺気立ってますでしょう」


 見張り台に居たという兵士に話を聞くと、なかなかの災難だった。王都の方角へ逃げ、報告しに行くところだったらしい。一人の兵士を残して、残りの二人には王都に向かってもらった。


「チッ、ゴーレムなど、このあたりでは見かけたことがない」

「ミィも前に七色鉱山あたりで見かけたことがあるくらいにゃ」

「へえ、珍しいんだね。絵本では近くの街に出没してたから、よくいるもんだと思ってたよ」

「チッ、『勇者ノルンの冒険』の話だろうがそれは。現実と一緒にするな」

「えっ? クロイツェル、ノルンの冒険、知ってるの!?」

「……チッ、どうでもいいだろう」


 クロイツェルはばつが悪そうに顔を背ける。今度、ゆっくり語ることにしよう。

 それにしても、ゴーレムは動く気配を見せない。


「どうしたものかしらね。出来れば森を迂回せずに【ネルベラ】を通って進みたいものなのだけど」


 サファイアさんが顎に手を当てて「ううん」と唸る。

出立前に地図を見てみたが、北にある魔王城に向かうには【ネルベラ】を通るか、その周りを大きく囲む森を東か西からぐるりと迂回するかしないとたどり着けないようだった。そして森を迂回するときには洞窟か山道を通らねばならず、直進するより二日ほど時間がかかるらしい。

仲間の雰囲気を見ていると、ゴーレムを倒してでも【ネルベラ】を通るほうが近道のようだ。

それもそのはずだ、と独りごちる。

なにせ、仕組みさえ知っていればゴーレムを倒すのは案外と簡単なのである。


「絵本で見たんだけどさ、ゴーレムって身体のどこかにemeth(真理)って文字があって、そのeを削ってmeth(死)にすると良いらしい……」

「チッ! 絵本脳が!」

「絵本脳!?」


クロイツェルが大きな溜息を吐く。サファイアさんがにこりと笑う。


「間違ってはいないわ。絵本の通り、文字を一部消すことでゴーレムが動きを停止するのは本当よ。でも、絵本のように外から見える場所に文字があるとは限らない。鋼のように硬い胴体に守られていたり、足の裏にあったり、ね」


 ははあ、なるほど。

 現実は絵本のように単純にはいかないわけか。


「でも、それならゴーレム全体を破壊し尽くすような攻撃をすれば問題ないね?」

「ゆ、【勇者】様、まるで魔王みたいにゃ……」


 キャミーがドン引きした表情をしている。

 マズイことを口走ってしまった。

 いやいやそんな、しがない息子ですよ……。


「フン。貴様の言い分にも一理あるが、この状況だとゴーレムを破壊するような攻撃をすれば、ゴブリンやコボルトにも被害が出るだろう。そうなれば自ずと僕らはゴブリンとコボルトの大群と対峙することになる。それはかなり面倒だろう」


 ははあ、なるほど。

 クロイツェルって、やっぱり旅慣れしてるんだな。

 事態はなかなか面倒なことになっているらしい。ゴーレムを派手に攻撃すればゴーレムは無力化出来るかもしれないが、ゴブリンとコボルトとの衝突は必至だ。かと言って、元見張り台の場所まで行ってチマチマと戦闘を開始したのでは、開戦とばかりに四つ巴の戦いになる可能性が高い。


「それなら、ゴーレムだけこっちの丘の方におびき寄せられないかな?」


 全員の視線が俺に集まる。

 なんかマズイことを言っただろうか。


「すごい! 【勇者】様、僕もその作戦はいいと思います! ゴブリンとコボルトは警戒心が強いので、縄張りから遠ざかる強敵には迂闊に手を出さないと思いますし!」

「【勇者】……案外まともな脳みそしてるのね」

「えらいわ、エリオット君。あとでいい子いい子してあげるわね」


 ほ、褒められた……!

 このところ格好がつかないことばかりだったので、素直に嬉しい。

 そしてサファイアさんの言葉にテンションがあがる。後が愉しみだ。


「でも、どうやっておびき寄せるにゃ? ミィのスキルは特攻型だから役に立たないかもしれないにゃ……役立たずにゃ……」


 キャミーがまた沈んでしまった。

ここはテンションの上がった俺が明るく励ましてあげないと!


「チッ、じめじめと面倒なやつだ」


 キャミーがガクリと膝をつく。

 とどめを刺してどうするんだ、クロイツェル!


「貴様の特攻はおびき寄せてから使えばいいだろう」

「「く、クロちゃん……っ!」」

「チッ! なんだ貴様ら、ハモりやがって気持ち悪い……! そしてその渾名はやめろ!」


 クロイツェルって、巷で噂のツンデレってやつじゃあないだろうか。

 キャミーは完全回復したようで、握り拳をゴーレムの方へビッと突き出す。


「ボッコボコに粉砕してやるにゃ!」

「ボコボコはいいけど、その前にどうやっておびき出すのよ。あの場で暴れさせずにおびき出すって、なかなか難しいわよ」

「あの」

「ツィータんの美味しいご飯を道に置いておびき出すにゃ!」

「なによその呼び方、やめて。あと、そんな風に食材を扱いたくない。そもそもゴーレムは食事しないから釣れるのはゴブリンとコボルトだけよ」


 コーロの言葉を遮ってのキャミー案はツィータに却下された。


「チッ、使えん奴らだ。俺の《挑発の盾》スキルでおびき寄せる。だが、近づかなければ使えん。俺と猫娘が前衛、魔法使い女が後衛だ。ゴーレムが変な動きをする前に行くぞ」

「あのっ……」


 コーロが何かを言いかけたのを無視して、クロイツェルがキャミーの背中をぐいと押して砦の方へ向かおうとする。

 するとツィータが不満げな様子でクロイツェルの肩を掴む。


「ちょっと、私たちはどうするのよ」

「フン。料理以外に何かできるのか?」

「私は補助魔法と火炎魔法、投げナイフなら得意だわ」

「フン。じゃあ魔法使い女と一緒に後衛だ。後は残れ。行くぞ」

「なによ、偉そうに……」


 そうして、四人は連れ立って歩いて行く。

 この仲間たち、巷ではこのくらいの規模の集団をパーティというらしいのでこれからそう呼んでみる、は大丈夫だろうか。協調性がイマイチな気がする。

 それはそれとして、見過ごせない問題がある。


「ねえねえ、俺は!? なんでナチュラルに【勇者】を置いていくんだよ!」

「チッ、向こう見ずは反省してろ」

「特攻隊長の出る幕はないにゃ」

「大人しくしていてね、エリオット君」

「蛮勇は早死するからよ」

「なんでこういうときだけ仲良しさんなんだよ!?」


 四人は振り返りもせず、駆け足で目標に迫っていく。

 涙目で立ち尽くす俺を見て、コーロは苦笑いをし、兵士も「ふはっ」と笑いをこらえきれていないようだった。

 ちくしょう、いつか見返してやる。


「うう、ところでコーロ、さっきから何か言おうとしてなかった?」


 四人を見送りつつ、俺の言葉にコーロは頭を掻く。


「あはは、ごめんなさい、聞こえちゃってた。作戦を考えてたんだ。でも出遅れちゃったし、皆さんならきっと大丈夫だから、いいかなって」

「そうなの? 悪い、皆が行っちゃう前に聞けばよかったな。ちなみにどんな作戦?」

「ううん、気にしないで。僕が眠り香を見張り台周辺に撒いて、ゴブリンとコボルトを無力化してからゴーレムを叩くっていう作戦。ゴーレムには効かないから、ゴーレムとは戦闘になるけどね」

「そんなことできるのかよ! すっげえ! なおさら聞いとけばよかったな」

「えっ、いや、それほどじゃ……」


 コーロがへへへと笑いながら、頭をポリポリポリと掻く。

 あんまり掻くとハゲるぞ。

 それにしてもコーロは物知りだな。ゴーレムには嗅覚がないってことか。


「そういえば、クロイツェルが言ってた《挑発の盾》って何? 自信満々だからまあいいかって思っちゃったんだけど」

「ああ、【勇者】様。それはですね、盾を剣の柄で叩いて、その音波を特定の敵にぶつけることで攻撃を集めるスキルですよ」


 横に居た兵士が、持っていた剣と盾でジェスチャーしながら答える。

 サファイアさんの《テスラボルト》といい、クロイツェルの《挑発の盾》といい、みんな色々な技を持っているんだな。

 感心していると、隣のコーロが難しい顔をしている。


「コーロ、どうし――」


 ズン、と地鳴りがし、俺たち三人が音の方角を向くと、見張り台の残骸を蹴散らしながらゴーレムが立ち上がっていた。ゴブリンとコボルトの砦と同じくらいの大きさだ。

 肩のあたりにキラリと光るものが見えた。短剣だろうか。

 パーティメンバーは到着していたようで、ゴーレムからツィータが後退し、クロイツェルが前進していた。おそらく短剣はツィータのものだろう。ゴーレムの近くまで駆けたクロイツェルが、剣の柄と盾を合わせた。

 キィン、という金属音が聞こえ、コボルトたちは耳を閉じる。

 数瞬見ていたが、ゴブリンやコボルト、ゴーレムの様子に変わりはない。

 俺は、嫌な予感がして口を開いた。


「コーロ」

「ん?」

「ゴーレムって、音聞こえるのかな?」


 コーロも何かに気づいた様子で、何か言おうとする。

 しかしそれは、激しい地響きで掻き消された。


 ゴーレムが、その巨大な拳をゴブリンの砦に叩き込んでいた。

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