第4-2話 セドル街道とでかい魚

【アルキエスタ】からセドル街道を経て川沿いに歩いて行く、というのが一番安全な道だというのはツィータの言だった。彼女は【タクラマカン】で働いていた頃には食材調達のために【アルキエスタ】周辺を駆けずり回っていたのだという。クロイツェルやサファイアさんは違う街を拠点にしていたというし、キャミーはサーカスで放浪の旅、コーロは【アルキエスタ】周辺はあまり歩かなかったということで、一番地理に明るいツィータがアドバイスをくれた。

 冒険初心者の俺のために安全な道から行こうと提案してくれたあたり、やはりいい仲間を持ったと思う。


 しかし、くじ引きで【勇者】になってしまう世の中、何事にも計算外ということは必然らしい。


「わ、私、そんなつもりじゃなかったの……」

「フン。わかっている。こんなところでこんな奴に出くわすなんて話、聞いたことがない」

「私もないから安心して頂戴。……驚いたわね、街のこんなに近くに魔族がいるだなんて」


 ツィータが、彼女にしては珍しく――というほど付き合いが長いわけではないが、少なくとも彼女の朝の様子とは打って変わってしおらしい様子だ。そしてクロイツェルが珍しく、優しい物言いをする。これを機に、二人が仲良くなってくれたりはしないだろうか。

 一方、サファイアさんも彼女にしては珍しく、眉間にしわを寄せている。

 その原因は俺たちの眼前で、グロロロロロロロ、とガマガエルのような、もっと低い音で鳴いている魔族だ。


「ゆ、【勇者】様、やっぱりすごい! こんな大きな化物を前にしても全く動じないんだね!」

「へ? いや、そうだなあ……」


 距離数十メートルというところに居るのは、昨日までお世話になった酒場の大きさと同じくらいはあろうかという魚型の生き物だった。

 俺たちが川沿いの道を歩いていたときに突然、川からそいつが飛び出してきたのがほんの数十秒前のこと。

 そしてそいつは、俺たちの方をしっかりと見ている。魚眼で。


 グロロロロロロロ。


「……うーん、魚は別に怖くねえかな。鳴き声は気持ち悪いけど」

「【勇者】様、すごいです! それって爬虫類さえ克服できれば世界最強ということですね!」


 コーロ、お前天才か。と思っていたところにクロイツェルの血走った視線が注がれたので元気よく「そうだな! お前天才!」と言うのは止めておいた。

 しかし、この状況で目の前の魔族が魚類だろうが哺乳類だろうが、爬虫類でなければどうでも良かった。

 実を言うと川からこの魚が飛び出してきた時には心臓が飛び出そうになったのだが、それは魔族の威圧感にではない。急に飛び出てきたら、それがリスでも驚いてしまうものだろう。

 しかし、皆はどうしてこのちょっとでかいだけの魚に警戒心丸出しなのだろう。


 グロロロロロロロ。


 ……声だろうか。

 俺が首を傾げて考えていると、キャミーが声を荒げた。


「みんな見るにゃ! あの魔族、少しずつだけど体の色が変わっていってるにゃ! 最初は青かったのが、だんだん赤くなってるにゃ!」

「危険だわ。私が魔法ですぐ片付け――」

「やれやれ、サファイアさんまでそんなに慌てるなんて」


 俺は肩をすくめつつ、皆より一歩前に出て、そのままノーガードで魔族に向かって歩いて行く。眷属に挨拶でもしてやろう、ぐらいの気持ちである。魔族って、響き的に魔王の眷属だろう。


「オズワルド=エリオット! ちょっと待て!」


 クロイツェルにすら心配されるこの状況で落ち着き払っている俺は世界で一番輝いているんじゃないだろうか。きっとそうに違いない。

 魔族すら、俺のかっこよさに真っ赤になって――


 グロロロオオオオオオオオオ!!


「オッボオオオオオオオオオ!?」


 突進してきた。


「【勇者】様!」


 魔族は家くらいの大きさで、それがいきなり体当りしてくるものだから、俺はたまらず後ろに吹き飛ばされる。

 あれっ、今の俺って世界で一番カッコ悪いんじゃないか……?

 世界は計算外に満ちていて、どうにも上手くいかないらしい。

 名誉挽回しなければ。

 ぐるぐると回転する視界の端で、魔族が未だ突進してくるのが見えた。


「エリオットくんに何をするの! 食らいなさい! 《テスラボルト》!」


 ぐるぐると回転する視界の端で、サファイアさんが魔族に向かって杖を突き出しているのが見えた。空気が揺らぐような、蜃気楼のような靄がかかったかと思うと、杖の先から紫色の雷が生み出される。

 もう一回転して見ると、それは火花のような音をたてる紫色の球体になっていた。球体は、俺の体がもう一回転したところで、魔族に放たれる。

 それから二回転半した頃、俺になおも突撃しようと迫る魔族に、魔法テスラボルトは炸裂した。


 グロロロロロロロ!?


 紫色の雷が川の水でたっぷり濡れた魔族の身体を駆け巡り、魔族は断末魔を上げる。そうしながらも、なお突進してくる魔族は眷属の鑑だと思う。


「フンギャアアアアアアアアア!?」

「エリオットくん!?」「【勇者】!!」「「【勇者】様!」」「オズワルド!」


 献身の甲斐あって、俺も巻き込まれた。

 電撃なんて久しぶりに食らったな。


 目の前で魚型の魔族が黒い灰になっていくさまは、なんだか物悲しい思いがした。

 俺もいつか、ああなってしまうのだろうか。


 ふうっと、意識が遠のいた。

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