第3-2話 三度目の酒場と業務通告
今日も今日とて、我ら【勇者】一行は酒場【タクラマカン】に居を構えていた。
俺たちの凱旋に街の人々は沸きに沸いた――のであればよかったのだが、実際は地獄を文字通り味わい、やっとの思いで【アルキエスタ】の入り口に辿り着いたところを酒場の従業員の女の子に蔑むような目で見咎められ今に至る。
「料理が出来ないことが死に直結するとは思わなかったぜ。おばちゃんのポーションに感謝しなきゃな……」
「チッ。認めたくはないが今回ばかりはオズワルド=エリオット……貴様の持っていた回復薬がなければどうなっていたかわからん。礼を言っておく」
「なんだよクロイツェル……やけにしおらしくて気持ち悪いんだが……」
「にゃははは! クロちゃんは責任の一端を感じてるのにゃ! 殊勝な心がけってやつにゃ!」
「貴様の生ゴミよりマシだったがな……?」
「何が生ゴミにゃ? クロちゃんこそ薪から炭を作り出すなんて天才にゃ」
ぎぎぎぎ、とクロイツェルとキャミーが額をめり込ませ合ったところで、その間を割るように、テーブルに大皿が置かれた。どちらかというと叩きつけられたくらいの勢いだったので、俺たち五人は驚いて動きが一瞬止まってしまった。
「セドルスネークとグリーンオニオンの塩焼き、マスタードソース添え。まずはマスタードソースをつけずにどうぞ。後はお好みで。……ごゆっくり」
声の主は先刻俺たちを汚物を見るような眼差しで射抜いてきた、この【タクラマカン】の従業員の女の子だった。真っ白な肌に真っ赤な目をしており、料理と相まって白蛇のような印象だ。
丁寧な内容とは相反して、その声は冷酷なまでに平坦だった。
女の子が踵を返して真っ直ぐキッチンに戻っていくのを確認したところで、コーロが口を開いた。
「僕たち、何かしたかな……?」
コーロの声のトーンは抑えめだ。あの女の子に聞こえないようにとの配慮だろう。そんなに怖がるなんて、やはり子どもということか。
「ささささああ……?」
無論、俺もびびっている。十六歳だからな。
蛇に睨まれた蛙の役をやらせたら、今の俺の右に出る者はいないだろう。
震えながらキッチンの方を盗み見ると、店主のおっちゃんが「食べないの?」とでも言うようにちょこんと首を傾げている。そのガタイでその仕草はないだろう。
料理に視線を戻すと、キャミーがフォークで蛇肉をつついていた。
「というか、セドルスネーク……にゃ」
「「「「う……」」」」
心なしか、全員の顔が青ざめたような気がする。
これが「仲間との一体感」というやつだろうか。
出来ればモンスターを倒したときあたりに味わいたかったものだ。
モンスターといえば、人間に敵対するものの中で魔力を持たないものを「モンスター」、魔力を持つものを「魔族」と言うそうだ。サファイアさん曰く、魔族は何かしらの特殊能力を持っており、魔王城の近くに行くほど多くいるそうだ。
サファイアさんの話で寒気がしたのは、魔族は命が尽きると黒い灰になってしまうということだった。つまり俺も……と考えると、恐ろしい。
その後もサファイアさんは魔力の定義だとかについて語ってくれたのだが、俺の頭から煙が出始めたのを見て「また今度にしましょう」と苦笑いしていた。
「【勇者】様が目の前の耐え難い現実から逃避してる顔になってるにゃ……」
「違うぜ、ミィ。これは逃避しようとして失敗した顔だ」
「それはさらにひどいよ【勇者】様……。ほら、蛇嫌いの【勇者】様の前に、まず僕らが食べてみよう。このお店の店長さんが作ってくれた料理だからきっと美味しいはずだよ」
コーロが一理ある意見を出すと、俺を除く四人は渋々納得といった表情でフォークを取る。そして一人、また一人と、セドルスネークとグリーンオニオンの塩焼きに手を伸ばした。
ごくり……汗だくになりながら口元にフォークを持っていく四人の喉からは唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
「オズワルド=エリオット……頼むぞ」
クロイツェルの言葉に、俺はコクリと頷く。
息を吐いて、吸い込む。
「せー……の!」
ぱくん――俺の掛け声に合わせて四人がセドルスネークとグリーンオニオンの塩焼きを口に含んだ。
そして、四人同時にびくんと体を震わせる。
俺もつられて、体を震わせた。
「「「「うっ……」」」」
「……う?」
「「「「美味ああぁぁぁぁ!?」」」」
堰を切ったように、四人からは言葉だけでなく涙もあふれていた。
「なんにゃこれ!? これホントにさっきの蛇にゃ!?」
「すっごく美味しい! 皮はパリパリ身はジューシーで……とにかく美味しい!」
「塩加減というか味付けも絶妙ね! タンパクな味かと思っていたけれど、そんなことはないわね……」
キャミー、コーロ、サファイアさんは手放しで絶賛している。
俺もちょっと気になってきたぞ。
「フン……やるな店主……このクソ食材をこうも上出来な――」
――ゴドンッ!
クロイツェルが素直じゃない賛美を述べかけたところで、またも大皿が叩きつけられた。
……彼の頭に。
「チリーバードと七色の野菜の紙包み焼き。香草と一緒に焼いているから、包み紙を開くところから楽しめる一品。是非、自分で開けてみて」
何事も起こっていませんというように淡々と料理の説明をするのは、やはり赤い目の少女。
紙包み越しにもいい香りがするので早く開けたいのは山々だが、俺はこの状況で「わーいありがとう」と受け取れるような鋼の精神を持ち合わせてはいない。
クロイツェルの顔は見えないが、他の三人は同じ表情をしていた。
すると、赤目の少女が薄紅色の唇を開いた。
「この世に『クソ食材』なんてないわ。ただ、原石を美しく加工し損ねる『クソ料理人』がいるだけなのよ。食材に謝りなさい。この“クソテーブル”」
辛辣極まりないその言葉は、 “クソテーブル”――もとい、クロイツェルに宛てたものだった。しかし、クロイツェルからの返答はない。
キャミーが大皿の下をそっと覗き込むと、俺を見て、グッと親指を立てた。
アウトらしい。
女の子がだるそうにため息をつく。
「まあいいわ。早く料理を取って頂戴、クソ客ども」
女の子が言い終わるや否やの一瞬で、キッチンにいたはずの店主のおっちゃんが女の子の背後に現れ、女の子の肩に軽く手を置いた。
「クビ」
「えっ」
誰が何を突っ込む間もなく、一人の女の子が職を失った瞬間だった。
この後、数悶着あってから、彼女は【勇者】一行に就職した。
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