第3話 きょうてきがあらわれた!
第3-1話 天敵と料理
俺はどこかで、冒険ってやつを甘く見ていたらしい。
【アルキエスタ】の入り口では、俺が【勇者】になるきっかけをくれたアイテム屋のおばちゃんがガッシリと俺の肩を掴み、ニッコリと笑ってポーションを山ほど差し出してきた。俺もニッコリと微笑んで受け取り……一万イリスを支払った。
世の中そんなに甘くない。
借金王の名に恥じず、冒険前にちゃっかり負債を増やしてしまった。
そして今、【アルキエスタ】から一里も離れない街道で、俺は再び冒険の厳しさを味わっている。俺は、モンスターと対峙していた。
目の前に居るのは、俺の股下くらいの長さの胴を持つ蛇型のモンスター。
長くもなく短くもなく、だと思いたい。
街道の名前にちなんで、セドルスネークという名前らしい。
そいつが、俺に威嚇をする。
シャアアアアア!
「ひいいいいいい!?」
シャアアアアアアア!
「ひいいいいいいいいい!?」
シャアアアアアアアアアアア!!
「ひ」
「双方やかましいにゃ! 早く倒すにゃ【勇者】様!」
キャミーがしびれを切らして野次を飛ばす。
実はこのセドルスネークと対峙し始めてから十分くらいこのままなのだ。
「そ、そんなこと言ってもさあ……」
「かわいこぶってもダメにゃ! かわいこぶるのはミィの特権にゃ!」
「それは初耳なんだけど……」
キャミーの特権については彼女の采配にお任せするとして、俺の状況は非常にマズい。正直俺は、このセドルスネークを倒せる気がしない。
白状すると、俺は爬虫類全般が苦手なのだ。
独特のヌメッと感というか、哺乳類にはなかなかいないあの光沢感が苦手だ。
だが、俺はやらねばならない。これは【勇者】の冒険の第一歩なのだ。
「うおおおおおおお!」
俺は王から渡された【聖剣エクスカリバー見習い】を振りかぶった。
シャアアアアアッ!
セドルスネークは体全体をバネのようにして俺に飛びかかってくる。そして俺の左肩に噛み付いてきた。
「ぎゃああああああ! 死ぬ! 猛毒で死ぬ! ヌメヌメで死ぬ!!」
「セドルスネークに毒はないにゃ! てゆーかヌメヌメで死ぬってなんだにゃ!?」
キャミーや、お主は知らないだろうがこの世にはヌメ死というものがあってだな……ああ、もうダメだ……ヌメ死する……。
俺が涙目になっていると、俺の顔の真横の空が切り裂かれる。
同時に、蛇の断末魔が聞こえた。
恐る恐る左を向くと、そこには磨き抜かれた銀色の大剣が鎮座していた。切っ先からはポタポタと、真新しい真っ赤な血が滴っている。
「フン……見てられんな。セドルスネークはこの辺りで一番弱いモンスターだぞ」
大剣の主であるクロイツェルはそのまま剣を横に払うと、そう吐いて捨てる。
「あ、ありがとう……」
俺の足元には無残な姿になったセドルスネークが落ちていた。
……数十匹ほど。
「本当に貴様が【勇者】だなど……腹立たしい」
「クロイツェルさん! そんなこと言わないでよ! 誰にだって苦手なものの一つや二つあるじゃない! 【勇者】様はそれでも何時間も立ち向かっていってるんだからすごいんだよ!」
コーロの優しさが傷口にしみる。
実は今日俺が対戦したセドルスネークは一匹や二匹ではなく、数十匹にも上っていた。戦績は、俺自身は全敗。危なくなったら仲間が助けてくれていたので、身体はほぼ無傷だ。
「それにしても正直困ったわねえ……これから先、爬虫類型のモンスターなんて腐るほどいるのよねえ……」
「ひいいいいいい!?」
「この有り様だと先が思いやられるにゃ……」
本当にどうしたものかと思い悩んでいると、サファイアさんが「そうだわ」と手を叩いた。口元には悪戯っぽい笑みを浮かべている。
どうしてだろう。嫌な予感がする。
「ねえ、エリオットくん――」
サファイアさんは俺の足元を指さした。
「――今日の夕飯、それにしましょう?」
数時間後。
日も暮れた頃、俺たち【勇者】一行は森の入り口で焚き火を囲んでいた。
「おえええええ……無理だ、無理……」
「にゃああ……ひどいもんにゃ……」
「グ……ダメージを受けている気がするぞこれは……」
「ううう……ソフィーの料理が恋しいよ……」
「うっぷ……正直計算外だわ……」
俺たちの前には、セドルスネークの丸焼きとキノコのスープ――と呼ぶべきなのだろうか、これらは。
サファイアさんが俺の爬虫類嫌い克服のためにと、本日の夕餉をあえて蛇料理にしてくれたのだが、肝心の料理が壊滅的に不味かった。
俺に調理までさせるのは酷だということでまずはサファイアさんが調理役を買って出てくれたのだが、セドルスネークの丸焼きから腐臭がしたので誰も手を付けなかった。
次にコーロがキノコを採ってきてスープにしたのだが、食べると舌がしびれたので食べるのを断念した。文献によると食べられるキノコらしいのだが、どうしてだろう。
続いてのキャミーのセドルスネークの丸焼きは、しびれた舌でもわかるくらいの不味さだったので全員放り投げた。焼いていただけに見えたのだが。
最後はクロイツェルだ。パチパチと景気のいい音を立てて肉が焼けている。
他の仲間は、おばちゃんから買った回復薬――ポーションを飲んで一息つく。
「貴様ら、誰も料理ができんのか……スープはともかく、丸焼きすらまともに出来んとはな」
「不甲斐ないけれどあとはクロイツェルくん頼みよ。セドルスネークは食べられると文献には書いてあるから、理論的には大丈夫なはずなのよ」
「フン……当然だ。出来たぞ」
不遜な表情でクロイツェルが俺に差し出してきたものを見て、俺は頭を抱えた。
「……クロイツェルくん」
「なんだ?」
「炭は料理とは言わないのよ」
冒険一日目をもって【勇者】一行は、はじまりの街に戻る羽目になった。
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