第2話 そうびをそろえよう!
第2-1話 ファッションショーと借金王
昨日の昼に来た時よりも、街は活気付いているような気がした。
一年ぶりに【勇者】が選定されたことで、みんな浮き足立っているんだろう。
まったく、単純なもんだ。
「【勇者】様!うちの剣を買って行かないか? きっと似合うよ!」
「いやいや、うちの剣の方が切れ味がいい!」
「いよーし! どっちも買って行っちまおうかなあ! はっはっは!」
俺が一番浮き足立っていた。単純な奴め。
「なーんてね」と言いつつ、俺は露天商のおっちゃん達に手を振ってその場を後にする。
しかし、はしゃいでしまうのも無理ない話なのだ。
はじめて訪れる街。はじめて見る冒険者が使う武器やアイテム。
はじまりの街【アルキエスタ】で見るもの聞くものはすべてが俺の脳内でパチパチと心地よい音を立てながら花火のような光を放つ。世界はこんなに輝いていたのか。
嘘だと思われるかもしれないが、実は俺は、自分の家から出たことがない。
誤解のないように言うと、庭には出たことがある。引きこもりではない。
小さい頃、父ちゃんに「城の門から外には出るな。弱いやつは昼間に外に出ると灰になるぞ」と言われたものだから、怖くて外に出られなかった。
それについては去年、十五歳になった誕生日に父ちゃんが「灰になるとかまだ信じてたのか?」とイラっとするほどの呆れ顔で言ったものだから、嘘をつかれていたのだと判明した。安堵しつつもやはりイラっとしたので、ファイアボールを顔面に炸裂させておいた。父ちゃんは無傷だった。くそ魔王め。
だが俺は、それでも家の外に出ることはなかった。
俺が生まれ育った、所謂、魔王城は普通に暮らすには十分な広さだったし、食事にも困ったことはなかった。
遊ぶにしても、小さい頃はじいやと一緒に、十歳をこえたころからは一人で家を探検していれば、全然退屈しなかった。同じところを通っているはずなのに毎回違うアトラクションが出迎えてくれたんだが、あれはなんだったんだろう。じいやとばあやの計らいだろうか。
まあ、それはそれ。
そんなことより、俺がどうして外に一度も出られなかったのか。
それは単純に、外に出るのが怖かったからだ。
外の世界に憧れがあった俺は、一度だけ、魔王城の外に出ようとしたことがある。
その入り口の真ん前に、へばりつくようにしてなにかが居た。
無数の目に、むき出しになった脳のようなもの、そこから生えた鋭い牙と背骨、骨にはぐずぐずの肉がつき、一本一本がムカデのような足が何十本も生えた――化け物。
俺は涙やら鼻水やら小便やらを漏らしながら城に逃げ帰った。
親父の忠告は正しかったのだ。城から外に出てはいけない。
……思い出したら寒気がしてきた。無心になれ無心に。
なむなむなむなむ……
「あ! 【勇者】様にゃ! おーい!」
ぼーっとしたまま歩いていたものだから、いつの間にか目の前にあった石像に顔面を打ち付けるところだった。
危なかったぜ、キャミーありが……
「とおおおおおおおお!?」
後ろを振り向くと、そこにはキャミーがいた。
ただし、抱きつく形で宙を舞う彼女が眼前に迫るというオプション付きで。
「痛ぁ!」
避けられなかった。いや、男の勲章的に、避けなかったと言っておく。
キャミーを抱き止めたはいいが、そのまま俺だけ石像に後頭部をぶつけてしまった。
運命ってなかなか変えられないものなんだな。前か後ろの違いはあるが。
「最後のがなかったらめっちゃかっこ良かったにゃ、【勇者】様」
「まさかのダメ出し!?」
「にゃははっ」
屈託なく笑うキャミーを見ていると、怒る気にもなれなかった。
この子、まつ毛長いな……。
「にゃ? ミィの顔に何かついてるかにゃ?」
「い、いや、何も……」
キャミーは「それならいいにゃ」と言うと、俺の腹を足場にして「ぐえっ」立ち上がった。
そして倒れたままの俺に手を差し出してくる。
この子はプラスマイナスゼロにしないと気が済まないんだろうか。
「いいってことにゃ!」
「お礼を言われてから言うセリフじゃないの? それ……」
文句を言いながらも彼女の手を取って起き上がると、開けた視界には心配する街人たちの姿と、見覚えのある顔ぶれがあった。
「そのくらい捌けなくて魔王を倒そうだなどとよく言えたものだな」
「クロイツェルさん、【勇者】様は身を呈してキャミーさんを助けたんだよ! そんな言い方しないで!」
「……フン」
「あらあら、クロイツェルくんは昨夜以降コーロくんに頭が上がらないみたいね? かっこ良かったわよ、エリオットくん」
「はは、照れちゃうな」
昨日知り合った、キャミーも入れて四人の人たち。
仲間――いい響きだ。
じいん、と独りごちていると、サファイアさんがわざとらしく、頬に人差し指を当てながら首を傾げる。
「何ですか? 俺の顔に何かついてます?」
「ええ、割と均整がとれているはずなのにぱっとしない目と鼻と口が」
「サファイアさんは俺のことが嫌いだったりします……?」
「ふふ、冗談よ。それはさておき、何かついているというより、むしろ何もないから驚いているところよ。エリオットくん、今日は冒険に備えて各々装備を整えましょうという話じゃなかったかしら? それなのにエリオットくんったら昨日の夜から何一つ変わってないんだもの」
「ははは……ですよね」
見れば、サファイアさんたちは皆、昨日とは違った服を着ていたり、重そうな荷物を持っていたりした。
【大魔女の帽子】【七色宝石の耳飾り】【暗炎竜革のローブ】【聖女の白装束】【輝光鳥革のグローブ】【大氷原熊革のブーツ】
【隕鉄の兜フード】【耐火絹のサーコート】【騎士長のブレストプレート】【鋼鉄の鎖帷子】【隕鉄の手甲】【雷鳥羽毛とタンザナイトのバックル】【騎士長の足鎧】
【大山熊革と軍鶏羽毛の狩人帽子】【高山麻のシャツ】【大山熊革のベスト】【名狩人の遺手袋】【雷鳥羽毛とダイヤモンドのバックル】【百年牛革のショートパンツ】【雪豹革のブーツ】
【天鵞絨のリボン】【雪山ミンクの首巻き】【氷山アザラシ革のベスト】【伸縮ボディベルト】【雷獣革と雷獣牙のパンチンググローブ】【天鵞絨のフレアスカート】【雷獣革と雷獣爪の靴】
サファイアさん、クロイツェル、コーロ、キャミー。彼らの服装は、俺が小さい頃から思い描いていた冒険者一行そのものだった。
それに比べて俺は、綿のシャツに革のベスト、麻のパンツ、革靴という一般市民代表の格好だ。
しかし俺だって好きでこんな格好をしているわけじゃない。街に来たのはただの物見山のつもりだったのだ。
魔王を倒す【勇者】になるなんて、夢にも思っていなかった。
しかし、経緯はどうあれ、こんな装備では格好がつかない。
つまり、俺がとる行動はひとつだ。
「誰か俺にお金を貸してくださあああああああい!!」
街道のど真ん中で仲間に土下座をかました。
清々しく、俺は無一文なのだ。
今日から俺は、【勇者】改め借金王になった。
仲間たちの視線が痛い。
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