第1-3話 一度目の酒場と自己紹介

 夜。街は本当にお祭りになっていた。

 家々の間にはきらびやかな旗がかかり、露店では仮面や花火などが売られ、酒場やレストランではいつもより豪華な食事が振る舞われている。

 そんな中俺たちは、街にある小さな酒場を貸し切っていた。

 俺たちというのは、運悪くくじ引きで【勇者】様御一行に任命されてしまった五人だ。


「【勇者】様のお供が出来るだなんて、夢のようだにゃ!」

「フン……本来なら俺様が【勇者】になりたかったところだ。死ね」

「僕じゃ頼りないかもしれないけど、頑張って力になるね、【勇者】様! 命に替えましても、って、すごくかっこよかったよ!」

「私が付いて行くからには絶対に魔王討伐の英雄にしてあげるから安心してねぇ、エリオット君」


 訂正しよう。運が悪いと思っていたのは俺だけのようだった。あとは【勇者】志望の男か。

 何にせよ、ここでまさか「いやあ、あれは勢いで……」などとは言えない雰囲気だ。

 観念して、俺はゴブレットを掲げる。それにつられるように、残りの四人も目をきらきらと輝かせながら同じようにゴブレットを掲げた。


「俺たちが選ばれたからには魔王の命運は尽きたも同然! 最高の出会いに、乾杯!」

「乾杯にゃー!」「チッ」「かんぱーい!」「かんぱぁい」


 どうして俺はこうも流されやすいんだろう。


 とりあえず腹ごしらえということで、俺たちは思い思いに料理を口に運ぶ。なかなか美味い料理を作る店主に目線を向けると、白い歯を見せながら親指を立ててきたので、親指を立て返してやった。やるじゃないか海坊主。

 無意識にしたそのジェスチャーに、他の四人が注目する。

 全員手を止めて、俺の発言を期待しているようだ。


「えーと、ここいらで自己紹介しておかないか? 俺は、オズワルド=エリオット。歳は十六。田舎者だけど、改めてよろしく」


 おおお、と、三人から拍手が起こる。

 そしてそのうちの一人、俺の隣に座っている小柄な女の子が「はい!」という元気な掛け声とともに俊敏に手を挙げた。肩の上で切りそろえられた金髪を掻き分けて猫のような耳が生えているのが特徴的だ。


「次はミィの番にゃ! ミィはキャミー! チャーミングな獣人族だにゃ! 気軽にミィって呼んでほしいにゃ! よろしくにゃ!」

「歳は?」

「乙女に年齢を聞くなんて【勇者】様は野暮にゃ」


 彼女が持っているゴブレットの中身は泡つきの黄金酒だった。

 これ以上突っ込むまい。


「フン……にゃーにゃーと五月蝿い奴だ」


 気だるそうな声の主は、キャミーの隣、ちょうど俺の正面辺りに座っている、黒髪をライオンのたてがみのように刈った男だ。俺が自己紹介したときにただ一人、拍手をしなかった男でもある。葡萄酒を右手に、もう片方の腕は自前の大剣の鍔に掛けている。


「うるさいとは何にゃ!」

「事実だ」

「まあまあ、キャミー……と、えーと……」

「……クロイツェルだ。普段から冒険者として外に出ている。歳は二十一だ」

「そっか、よろしく、クロイツェル」

「気安く呼ぶな、オズワルド=エリオット」


 そう言って、クロイツェルは俺が差し出した握手を弾いた。よほど【勇者】になりたかったのだろう。申し訳ないことをしてしまった。俺のせいではないのだけど。


「クロイツェルならクロちゃんだにゃ! よろしくにゃ!」


 空気を読む気のない猫娘が、クロイツェルの頭をぽんぽんと叩く。

 いつの間にやら彼女のゴブレットは空になっていた。


「貴様……!」

 

 喧嘩が勃発するかと思ったが、クロイツェルは左手で剣の柄を握りしめはしたものの、動かなかった。――いや、動けなかった。

 キャミーはクロイツェルを叩いている手と逆の手で、器用にもクロイツェルの大剣の鍔を押さえつけていた。

 クロイツェルとキャミーの体格差を考えると、力任せに引きぬくことも出来そうなものだが、彼はそれをしなかった。意外だった。


「キャミー……さん、その辺にしておこうよ……【勇者】様が困ってるよ……」

「にゃ? ……ハッ、ごめんにゃあ、【勇者】様」

「二人とも【勇者】様って堅苦しいから名前で呼んでくれよ」


 キャミーと、仲裁に入ってくれた紅茶色の髪の少年は、うーんと考えこむ。

 俺、そんなに難しいこと言っただろうか。

【勇者】はくじ引きだろうがなんだろうが、ありがたがられる存在らしい。


「おい、自己紹介とやらを早く終わらせろ。落ち着いてメシも食えん」


 クロイツェルが苛立った様子で口を開くと、これ幸いとばかりに少年が席を立った。


「じゃあ僕の番だね。僕はケルニッヒ=コーロ、今年で十四歳になりました。仕事はパ……父の仕事の手伝いをしたりしていました。特技は弓矢と薬の調合! 道中の食事の調達と怪我の治療は任せて! よろしくお願いします!」


 百点満点の自己紹介と、百二十点のお辞儀をして行儀よく席につく少年を見て、こちらまでにこやかになる。どこかのお坊ちゃんだろうか。服装とか髪型とか、ちゃんとしているし。

 今度、お坊ちゃん談義でもしようか。


「私が最後ね」


 背筋がゾワゾワするような声がした。俺の隣に目を向けると、俺をすくい上げるように見つめる美女がいた。

 びっくりしたのと美貌に目を奪われたのと、二つの意味で心臓が跳ね上がる。

 藍色の、腰まである長い髪を揺蕩わせながら、美女は余裕ありげに微笑む。


「エリオット君、私の名前は、サファイアよ。宝石と同じ。綺麗でしょう?」

「そ、そう、ですね、きれいっす……」

「ふふ。ありがとう。ちなみに魔法が得意なの。今度二人きりのときにたっぷり見せてあげる」

「いや、ははは、普通に戦闘で披露してくれるとありがたいっす……」

「そうね。いっぱい頼ってくれていいわよ?」


 ぱちんといたずらっぽくウインクされた。話しながらずいずいと距離を詰めてくるものだから、俺は椅子ごと後ずさる。

 たわわな胸の谷間は凶器だから、そんなに近づけられると鼻から血が出てしまう。

 この人に至っては、年齢を聞く気にすらなれない。結果的に、五人中二人の年齢が不詳だが、知らないほうがいいことは、きっとあるのだろうと思う。


 その後の宴会はキャミーがサファイアさんに食って掛かったりとか、クロイツェルが酔いつぶれてコーロが早速薬の調合の腕を見せることになったりとか、十二分に楽しかった。

 


 全員がそれぞれの宿屋に戻り、俺もベッドに体を放り投げた。

 はあっ、と息を吐く。

 仲間との楽しい時間が終わったときは、特に一人の空間が寂しく感じる。


「どうしたもんかなあ」


 そして、悩み事なんかがぶわっと押し寄せてくるものだ。

 目下、自分が【勇者】でいいのかという疑問が一番大きい。


「魔王の息子が【勇者】ってアリなのかな?」


 強制帰宅クエストのはじまりはじまり。

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