第1-2話 【勇者】とくじ引き
【勇者】とは――
特別な力とカリスマ性を持ち、仲間たちとともに魔王を倒す冒険者のこと。
聖剣でも持っていれば完璧だ。
「それを……」
体がわなわなと震える。
この街の中にどれだけの人々がいたのかはわからないが、街の東にある王宮の前の広場には相当な数の人が押し掛けていた。
物見好きの商人たち、絵本で見る冒険者らしく、鎧や剣で武装している青年たち。他にも老若男女問わず、祭りのような雰囲気だ。
いや、これはきっと、祭りなんだろう。
王宮のテラスから顔を覗かせた王様が、すっと手を挙げる。
民衆が静まり返る。
ごくり。生唾を飲む音も聞こえる。
「諸君。今年もこの日がやってきた――今年の【勇者】を決めようではないか!」
そう言って、王様は紙の切れ端がたくさん入ったガラス瓶に手を入れた。
わあああっ――!
「なんでくじ引きで決めるんだよ!?」
俺の叫びは民衆の歓声に掻き消された。
俺はポーション売りのおばさんにもらったチケットを、グシャリと握りこんだ。
数字は「六六六」
不吉そうな数字だ。
不吉そうなものは大抵が不吉だったりする。
この場合「不吉」はハズレだろうか。
それなら好都合だ。くじ引きで決まるあたりでありがたみは少ないが、記念に握手でもさせてもらうことにしよう。
「今年の【勇者】の数字を読み上げる! ――【勇者】は、『六六六』の数字を持つ者とする!!」
わあああっ!
集まった人々が、銘々騒ぎ立てる。
「おおおおお! 今年は頑張れよ【勇者】あああ!!」
今年は、ってなんなんだ。
「きゃああああ! 抱いて【勇者】様あああ!」
筋骨隆々な青髭おネエさんがくねくねと体をくねらせる。
「くっそおおおおお! 外れたああああああ!」
「この日のために一年間鍛えてきたのにいいいいい!」
「好き勝手言いやがっててめーらあああ! じゃあ誰か代わってくれよ!!」
……しーん。
あ、やばい。
俺はくじ引きの紙をぐしゃりとポケットにねじ込んだ。
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
空気がびりびりと震える。
時すでに遅しとはこのことか。
民衆の視線が徐々に俺に集まり、そろりと目を上げると、王様と目が合ってしまった。
「おお! 神よ! 今年の【勇者】はなんとも【勇者】らしい……! 今年こそ、魔族との決着をつけようということですな!」
「何が神だ!! くじ引きじゃねえか!!」
「おお、なんと活気のある若者か! 名はなんというのじゃ」
「都合のいいように書き換えられた!? こんな王に名乗りたくねえ!!」
「なるほど……非礼を詫びよう、【勇者】よ。先に名乗るのが礼儀というもの。儂の名前はウォーランドⅢ世じゃ」
「俺の名前は、エリオット。オー……オズワルド=エリオットだ」
しまった。
小さい頃からじいやが「相手にしてもらったことはきちんと返すのですよ」とか叩きこむから!
「よかろう。オズワルド=エリオットよ! 貴殿を今年の【勇者】とする!」
「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」
放心状態の俺を、街の人々は親しげにもみくちゃにしてくる。
やがて担がれるようにして、王宮の前まで連れて来られてしまった。
いつの間にか王宮のテラスに王や王妃たちの姿はなかった。
広場から続く重々しい扉を開けて、護衛付きで彼ら三人は姿を現した。
拝啓、お父様お母様。
はじめて街に出たら、貴方達の息子は【勇者】になってしまいました。
――いや、待て。まだ遅くないはずだ。
今からでも断ろう、そうしよう。
「……この話」
「ほら、カナリア、皇女としてお前からも頼みなさい」
王に隠れるようにしていた影が、ひょこりと俺の前に歩み出る。
「ゆーしゃさま……」
言葉を紡ぐ唇はピンクパール。小さな顔にダイヤのように輝く瞳、長いまつげ、ほどよく高い鼻に、桜貝のように染まった頬。ふわふわとなびくブロンドに煌めくティアラを乗せ、俺より頭一つ分小さく華奢な体は思わず抱きしめたくなるような儚さ。そのくせネックレスを持ち上げるほど胸は大きく――
一言で言うと、ドストライク。
「わたしたちを、おたすけください……!」
そんな子が、可愛く両手で俺の手を握りながらそんなことを言うものだから。
「この話、命に替えましても!!」
男なら、こう言うしかないだろう。
王様は満足げに微笑んでいる。
ちくしょう、策士だぜ。
「それでは、これより【勇者】の従者選定のくじ引きを執り行う!」
「全部くじ引きかよ!?」
……王様って、経験値いくらくらいなんだろうな?
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