全部水に流せたらいいね④
「をぅ!? どうしたんですか、急、に……」
あれ? ワタシ、今なんて言ったよ?
確か……体形の話をしていて、そこから成長期がどうのって方向にいって……ああ、そっか! ワタシの成長期が当の昔に過ぎ去っているってとこから年齢の話になったんだ。
なんだ、そんなの……あかんヤツやん!?
どこにこんな幼女の二十九歳がいるっていうのか、いや多種多様な種族がいるこの世界ならいるかもしれないけど!
ヤバいヤバい、どうする!? この状況、どうすれば誤魔化せるんだ。
「イディちゃん……」
「あっ、いや、これはその」
「記憶が戻ったのッ!?」
「……へっ? あっ」
そっちかぁ!
頭に電球が点る代わりに耳と尻尾がピン立ちした。
そういえばワタシには記憶喪失の謎の訳アリ美少女設定があったな。いや~、すっかり忘れてたわ。そうか、忘れてしまうくらい、すっかり時が流れていたんだね……。
ハッハッハッ……どないしよぉ!?
記憶喪失が治ったときの設定なんて考えてないし、そもそもワタシのバックグランドなんて『俺』なんだから、あってないようなもんじゃん!
……もうぶっちゃけるか?
いっそのこと全部を明るみして、ワタシは楽になってもいいんじゃなかろうか?
こうやって裸のつき合いもしていることだし、腹を割って話し合えば平和的な解決が……そういえば裸だったぁ!
ダメだ、ここでワタシの中身が実は喪男アラサーな『俺』だなんてカミングアウトでもしようものなら、すぐにも
――誤魔化すしかない!
「えっと、その」
「どうなの?」
「イディちゃん……」
うぐぅ、そんな真剣な心配顔で詰め寄ってくれるなよ二人共ぉ。心苦しくなるでしょ!
ジッと
二人からの圧で逃げられなくなったみたいになってるけど、それ以前に、未だにこの体で泳ぐことができていないワタシにとって、今の状況は背水どころか入水の陣だったから、逃げ場なんて元からなかった。
――自ら死地に赴くとかあっぱれだよな。
……死にたくなぁい!
くそッ、なんだかいつも以上に情緒が不安定だ。体がポカポカして頭もボーッとして考えが上手くまとまらないように感じる、これはもしや……血行が良くなってるのでは?
いや、阿呆なこと考えてないで、この状況をどうするか考えないと。
でも、どうすれば…………いいや、そもそも、本当に誤魔化していいんだろうか?
熱に浮かされたのか、思考が堂々巡りをしている。でも、もしもここで考えることを手放してしまえば、ずっとこのまま二人を、いや二人だけじゃなく、ワタシに良くしてくれてるこの街の人たちに嘘をつき続けることになる気がする。
それは、あまりにも不誠実じゃあなかろうか……。
そうだ、何もすべてを打ち明ける必要はないんだ。中身が男であることは伏せたまま、自分がこの世界の住人ではないと伝えるだけ。残りはまた日を改めてってことにして、相手の受け取り方を見ながら少しずつ情報を小出しするんだ。
そうすれば、お互いに受けるダメージを最小に抑えられる。まったく我ながら最高にCOOLな思考だな! ヨシ! そうと決まれば、迷うことはない。
「リィル! ゼタさん! ワタシ……!」
――ゴクッ
ワタシのか、それとも二人か、いやワタシたち全員だったかもしれない。
緊張を押し固めた唾を飲み込んで、グッと顔を寄せて見つめ合った。
「……いやぁ、なんだか分からないんですけど、自然と口をついてました! 記憶は未だに不鮮明なんですけど、もしかしたら思い出せないだけで無意識に色々と認識してるのかもしれませんね! ハハハ」
湿った浴室にワタシの乾いた笑い声が響いた。
……ふぅ。やっぱりダメだぁ! 怖いよぉ!
もしこれが原因で二人から見放されたら?
それどころか、噂が広まってオールグにいられなくなったら?
そう考えたら無意識のうちに口から出まかせを吐き出していた。
だってだって、ワタシにはこっちの世界の常識もなければ、知り合いもお金もない。
そんな、ないない尽くしのワタシがこの世界で生活するには、今ある繋がりにすがらなかったらやっていけないんだ!
よく転生モノのラノベの主人公が当たり前のようにその世界に順応してるけど、アイツらどんなスペックしてんだよ、おかしいだろ。
変な汗がダラダラで干からびそうなワタシとは対照的に、湿っぽい感じになってる二人から注がれる真剣な視線に目が泳ぎまくってしまう。
体の方はろくに泳げないっていうのに、視線の方は世界を狙えそうな高速の泳ぎを見せつけてくれるのは、ワタシのことが嫌いなのかな?
そんなに全力で嘘を吐いてますって表現しなくてもいいんだよ? なんかもう、動きがコンテンポラリーダンス並みに前衛的で、ワタシ酔っぱらったみたいに気持ち悪くなってきたんですけど……。
「……イディちゃん」
「は、はいッ!」
リィルの硬い声にビクンッと姿勢を正して固まった。
そりゃあ、こんなよく分からない言い訳をしたら
目蓋をギュッと閉じて、思わず心の中で祈っていた。
「気落ちしないでね?」
「……へ?」
知らず知らずのうちに俯いていた顔をふっと持ち上げた。
……こんなあからさまに嘘をついている態度だっていうのに、なんで嘘をつかれている側のリィルが、そんなにも苦しげな表情をしてるんだ?
自分で言うのもなんだけど、こんな拙い嘘じゃあ子供だって騙せやしない。いや、ゼタさんは分からないけど。それでもリィルがこんな嘘を見抜けないような人じゃあないのは分かってる。それなのに、なんでそのことを攻めてこないのか……。
眉間に刻まれた皺と揺れる瞳の色に、寂しげな影が映っているような気がしたのは、ワタシの勘違い……そうじゃないんだろうか?
「……どうして?」
「記憶が戻ってないのは残念だけど、たとえ記憶があやふやでもイディちゃんはイディちゃんだもん。それに、きっといつかは……ね?」
最後の「ね?」が誰に向けられたものか、言葉にされずとも分からせられてしまった。
――ああ……気づいたうえで待ってくれるのか。
いつかワタシが、自分のことを話すと決めて打ち明ける日まで。
たとえそれまでのワタシが、ワタシとの日々が、偽りの上に作られたものだとしても、彼女はそれでもいいと言ってくれているんだろう。
これがワタシの夢見がちな妄想じゃないことを祈ろう。
そして、誓おう。いつかが、いつになるのか分からないけど、その時は自分の口から、ワタシの言葉できちんと全部を伝えるんだ。
リィルの目をまっすぐ見返しながら、ワタシは自分とリィルに約束すると宣言する代わりに、しっかり頷いて見せた。
「そうですよ! 無意識とはいえ、年齢が分かったんです。自分のことを思い出すきっかけに作れるかもしれません! そんなに悲観することはないですよ」
「ゼタさん……ありがとうございます」
マジで分かってなさそうな貴女の純真さが、今は救いです。いやホント、癒し枠ですよ。なんならワタシの胃薬にならないか?
「……なんか、憐れまれているような視線が、すごく釈然としなんですが」
「まぁまっ、ゼタの言う通りだよ。慌てても仕方ないからね。気長に構えてこ? それにしても……数えで二十九歳か」
「な、なんですか?」
……まさか、この綺麗な流れをぶっ壊してツッコミを入れてくる気ですかッ!?
ああ、そんな! これまでのすべてはワタシを上げて落すために用意された筋書きだったって言うのか? 信じたワタシが馬鹿だったのかぁ!?
身構えるワタシに、リィルが少し恥ずかしげで、それでいて悪戯を思いついたオマセな少女のような顔をして、上目遣いに覗き込んできた。
「ねっ、イディお姉ちゃんって、呼んだ方がいい?」
「…………へぇ?」
自分でもビックリだよ。ワタシはこんなにも間抜けな声がだせるんだなって。
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