ある休日の朝④
「ふゔぅうう! ゔぅうぐずっ、ぐずっ」
あーあ泣かせちゃったよ。
気丈にも睨み続けてるけど、ゼタさんの瞳からはポロポロ涙が落ちてくる。その度に迫力も削ぎ落ちていくから、ゼタさんのライフがもうゼロなのは明白だった。
「んふふー、ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎちゃったね」
全く悪びれてない言葉だけの謝罪、なんの不純物も含まれていない透明な謝罪には清涼感すら感じますね。くー、リィルはなんて純粋なんだろうか。
――口元が緩んだままなのは煽ってるんですよね?
リィルの様子が変わらないと知ると、ゼタさんは一層強くリィル人形をギュッと抱きしめて、恨めしそうに上目遣いで睨んだ。
「ゔぅうう、姉さんは意地悪です」
「んふふ~。そうなんだ~、今日の私は意地悪なんだ。んっふっふ~」
「……姉さんが意地悪なのはいっつもです」
「ん~、そうだったかなぁ? ああまた隠れようとしないの! ごめんごめん、ほらちゃんと膝枕してあげるから機嫌なおして」
リィルは慌ててワタシを地面に下ろしてから、カーテンの中に頭を突っ込んで今にも引き籠しなおそうとしているゼタさんを引っ張り出した。
ゼタさんの足を摑んで引っ張ってるから、フリルドレスの下からこれまたレースフリル盛りだくさんのドロワーズが丸見えになった。しかもその奥には短い尻尾まで覗いてる。
「ほらー、出てきなさい」
「ここ私の家! 出てくのは姉さん方だもんッ!」
はーッ、ごもっとも! ぐうの音も出ませんわ。
でも、その可愛らしい尻尾が振り乱しながら言っても説得力がないですよ。めっちゃパタパタしてる。ゼタさん、なんだかんだ楽しんでます?
「おりゃー!」
「ゔぅうう!」
(……おりゃーって生で言う人初めて見たよ)
気の抜けるかけ声のせいで力が抜けたのか、抵抗もむなしくゼタさんは引っ張り出された。
しかしゼタさんも諦めない。亀みたいに丸まって、頑なに顔を見せようとしなかった。
「ほーら、ゼタ。顔見せてよ」
「嫌ぁ!」
ゼタさんは蓋をするみたいに頭を両手で覆い、頭の上にリィル人形を配置して籠城戦の展開する構えを見せているけど、リィルの剛腕の前では無駄な足掻きでしかなかった。
堅固に見えたその構えも根元から体ごと持ち上げられては意味がない。
強制的に顔を持ち上げられたゼタさんの膨れっ面が御開帳された。
それにしても……色々とボリューミーなゼタさんを、腕を伸ばしたまま赤ん坊みたいに持ち上げるとか、あの細腕のどこにそんなパワーが潜んでいるんだろうか……謎だ。
――やっぱ腕が鉄骨製の女はちげぇな!
「イディちゃんは後でお話ししようね?」
「わおッ!?」
(違うんですよ、今のは褒めたんですって!
元の世界じゃあオールメタリックでメンタルまで覆った鉄の女ってのは、それはもう最上級の誉め言葉だったんですよ!? なんたって英国初の女性首相のニックネームになったくらいですから! 本当ですよッ!?)
というかワタシすっごい手持無沙汰んですがッ!?
リィルはいいよ? ゼタさんのこと構ってればいいんだし。ゼタさんもリィルに構われてれば丸くなちゃって、この場まで丸く収まる気がしてるんだろうけど、そうはならねぇからッ!
何が何やら分からないうちに犯罪の片棒を担がされて、それなのに放置されるとかワタシは鳴くぞッ!? 寂しさのあまり遠吠えで泣きますよ!?
……あれ? 待って、これじゃあまるで……ワタシが構って欲しいみたいじゃないかッ!
ちちち違うしッ! これは別に構ってもらえなくて寂しいとかじゃないからッ!
ワタシはただちょっと急に遠くのお仲間とコンタクトを取りたくなっただけですからッ!
そうだよ。だから放っておかれたからってすり寄ったりなんてしないんだからッ!
「ほ~ら、ゼタ」
「ゔぅううう!」
(……あの、やっぱり少しでいいんで、ワタシのことも気にかけていただけます?)
目の前でうつ伏せ膝枕をされているのを見せつけられるとか、どんな顔して見ればいいのかワタシ分かんないよッ!
さっきから「ゔぅううう」としか言ってない気がするゼタさんは、拗ねっぱなしで顔をリィルの太ももに擦りつけるのに忙しいみたいだし、リィルはリィルで大型犬が撫でるのを要求してくる時みたいに押しつけられる頭の世話をかいがいしく焼くのに夢中になってる。
ワタシだけが独りで棒立ちですよ!
一人でいる時の孤独より、複数でいる時の孤独の方が辛いんだぞッ!
いや、だからといって仲睦まじくしてる姉妹の間に割って入るなんてこともできないし……一体どうしろと?
「ゼタぁ。そろそろ機嫌なおしてくれると、私は嬉しいな~」
「ヤです。そもそも姉さんが不法侵入なんて非常識なことしないで、ちゃんと訪ねてきてくれれば、私だってこんなに怒ったりなんてしないし。それに……」
「それに?」
「……イディちゃんにこんな恰好見られちゃって……恥ずかしい……」
――今やってる
ていうか、えっ? この状況ってワタシのせいなんですかッ!?
待ってくれよ、いつの間にか主犯に格上げとか聞いてないんですが?
リィルの膝に顔を埋めたままゼタさんがチラチラ向けてくる潤んだ視線が、まるで責めているみたいに感じられて頬が引きつった。
「ワ、ワタシは、可愛いなって思いますけど?」
「だからじゃないですかぁ!」
ゼタさんがガバッと上半身を勢いよく持ち上げた。その動きに連動して頭の御立派様が振るわれるけど、リィルは慣れた様子で回避していた。……小さい頃からやられてんだろうな。
ゼタさんは涙目のまま両手の拳をブンブン上下に振りながら詰め寄ってくる。
「せっかく外での格好いいとこしか見せてなかったのに……こんな、こんなぁ! 台無しじゃあないですかぁ!」
(……おまえは何を言ってるんだ?)
まさか、気づいていないのかッ!? 外にいる時のゼタさんも大分ポンコツだってことに!
マジかよ……知られてるのを承知でファンサービスしてるんじゃなかったのか……!
驚愕に固まっているワタシと入れ替わるみたいに、リィルが苦笑を浮かべながら答えた。
「いや~、外でのアレも大概恥かしいと思うけどね」
「なッ!? なぜですか!?」
思わぬ言葉にゼタさんが体を仰け反らせる。思いのほかダメージは大きそうだった。
「いや~、だってねぇ? あんな芝居がかったセリフ、最近じゃあ舞台でも聞かないよ?」
「で、でも! 団長が
どんどん尻すぼみに声を小さくしながら両手の人差し指を突き合わせて、イジイジとしているゼタさんの肩に、労わりの微笑みを浮かべたリィルが優しく手を置いた。
「ゼタ以外にやってる人……見たことある?」
「……はぁッ!? そ、そいえば見たことありません!」
――今明かされる驚愕の真実ッ!
ゼタさんってばどこにいても本当にポンコツなんだなぁ……。
「わ、私……騙されてッ!」
わなわなと両手を震わせながら俯くゼタさんの肩を、リィルの両手が力強く握った。
「大丈夫だよ、ゼタ。どっちのゼタも可愛いからッ!」
「う、ゔーッ! そ、それで! 姉さんとイディちゃんは、なんで合鍵まで使って私の部屋に侵入してきたんですかぁ!?」
あっ、無理やり話題変えてきた。
「それはもちろん、ゼタに寝起きドッキリをしかけて、慌てふためく姿を堪能……」
「もうッ! それは思い出さないでいいんです! そうじゃなくて……まさか。本当にそのことだけで部屋に押し入って来たんですかッ!?」
「ううん。違うよ~」
「やっぱり! 私の恥ずかしい姿を笑うためだけに……って違うんですか?」
「もちろん、ゼタの可愛い姿を拝みにきたのは当然なんだけど。それだけじゃないよ」
ゼタさんの両肩に手を乗せたまま、リィルはたっぷり数秒の間を取って、ニッコリと笑いかけた。
「ゼタ。――お風呂行こ?」
「…………はぁ?」
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