待たせたな(イケボ) お風呂回だッ!①


「それにしても、なんで急にお風呂なんですか?」


 着替えとかブラシとか必要な物を詰め込んだバッグを肩に担いで、街道を三人で並んで歩きながらリィルに訪ねた。


「んー? やっぱり獣人の人たちにとって仲を深めるならお風呂かなぁって思って。あっ、もしかしてイディちゃん、嫌だった?」


「いえ、嫌ではないですけど……どうして獣人だとお風呂で中が深まるんですか?」


 いや、日本でも裸のつき合いってのは一般的と言っていいだろうし、ワタシも風呂は好きだから行くのは構わないんだけどね?


「えーっ!? 獣人がお風呂で仲を深めるって普通じゃないの? どうなのゼタ」


「………」


 リィルから話を振られるが、ゼタさんはムスッと口を閉ざしたままそっぽを向いて、こっちを振り返ろうとしなかった。


「もーっ、まだ拗ねてるの?」


「拗ねてません! 怒ってるんです!」


 ゼタさんが口を尖らせて怒鳴った。怒鳴ったと言っても往来に配慮して、ワタシたちの間で聞き取れるだけの音量にしてるのは、さすがは普段からキャラ作ってるだけあるなって感じだ。


 それにしても、まだ腹に据えかねてる様子で、肩を分かりやすく怒らせながらワタシの手を取ったまま大股で進んでいくから、こっちは二人の間で宙吊りにされてしまった。


 まぁ、そりゃあ簡単には許せないだろう。っていうか、どんなに親しい間柄でも、自分が寝ている間に不法侵入なんてかましてきたら普通は絶縁ものだ。


 それでも、風呂に誘われてのこのこついて来ている辺り、ゼタさんのこれもポーズなんだろうな。


 まぁ、……うん。簡単に許したら確実につけ上がるもんね、リィル。


「なら答えて。ほら、イディちゃんが知りたいって!」


「うぐぐッ!」


 ワタシの名前を出されると、どうにも突っぱねづらいんだろう。ゼタさんが悔しげに歯噛みしてからワタシに目を向けてきたのに、申し訳なさから愛想笑いしかできなかった。


「はぁ。分かりました。イディちゃんの頼みであれば仕方ありません」


 ゼタさんはこれ見よがしに溜め息を吐いてから、ピンと人差し指を上に向けて語りだした。


「いいですか、イディちゃん。獣人族にとって水浴びというのは家族でするもの、という前提があるのです。

 水浴びは必要不可欠なものであると同時に、もっとも無防備な姿を晒す行為です。そのため多くの獣は水浴びをする際、群れ単位で行います。

 確かに群れで生活をしない種もいますが、我々獣人は完全な獣である彼らとは違い、どんな獣の血を持っている獣人でも、そのほとんどが人として集団で生活をしています。故に水浴びをする際は家族、最小単位の群れで行うのが常識なのです。

 その水浴びを家族でない者とするというのは、その人に対してそれだけ心を許していることになるのです」


 ドヤ顔で一気にまくし立てて、ものを知らない子供に常識を教えるお姉さん気分で悦に浸っているゼタさんを宙に吊られながら眺めた。


 どうにもゼタさんは自分より年齢や立場が上の人にからかわれがちだからか、自分より年齢的に下の人には年上ぶりたいところがあるみたいだな。


 精神的にはどっこいかもしれないけど、実年齢的には大分年上であるはずのワタシからすると少しばっかりムズムズする。


「それって、ワタシのことを家族と同じくらい存在として見てくれているってことですか?」


「それはもちろん! だってイディちゃんはお姉ちゃんの恩人ですし、私にとっても、この街にとっても英雄ですから!」


 ……ああ゛痒ッ!


 待って待って、そんな無垢な瞳で見つめないでください。いやね、有難いよ? 有難いけどね。でも、めっちゃこそばゆいッ!


 さっきの百倍くらいムズムズするわ。今すぐこの場で転げ回って、全身を地面に擦りつけたいくらい痒いよぉ!


 何が不味いって、実際にワタシはなんにもやってないってことですよ!


 こんなピュアな視線を向けられる視覚なんてないんだ。ゴメンよぉ!


 でも、両手をしっかり繋がれてるから、それもできないですけどね。地獄かよ。


 自分で生みだした葛藤に苛まれてうにょうにょしていると、唐突にリィルが足を止めた。


「さて、話も一区切りってとこで。ジャジャーン! 今日、お世話になるお風呂屋さんに到着しましたぁ!」


 リィルはワタシの手を握っているのとは反対の手を大げさに振り上げてみせた。


 そこには石造りの大きな建物が鎮座しており、重厚な佇まいを見せつけていた。石壁に施された細かな装飾が派手でありながら嫌味にならず、玄関の大きな扉には外からは覗けないミラーガラスはめ込まれている。


「わをぉ……これまた、随分と豪勢な店構えですね」


「でしょう? 予約取るの、結構大変だったんだから」


 リィルがこれでもかと胸を張ってみせているが、それをするのも頷けてしまうくらい、なんというか老舗のホテルみたいな雰囲気が漂っている。


 もしワタシ一人だったら、尻込みして絶対に店の前できびすを返してるな。


「ここって……まさかッ!? ねねね、姉さんッ! 本当にここなんですか? 入るお店、間違ってませんか!?」


「どうしたの? そんなに慌てて」


 ゼタさんが店とリィルの顔を交互に見て、信じられないものを見たように狼狽えていた。


「だ、だって……ここってオールグ一番お高い、会員限定のVIPスパですよね?」


「うん。そうだよ」


「一回の使用で、私の、空帝騎士団ルグ・アーセムリエの一カ月分の給料が吹き飛ぶってもっぱらの噂のお店ですよねッ!?」


「んー、そうだったっけ? たしかにその位したかも?」


「私、そんなお金持ってないよぉ!」


(あの、ワタシの手を握ったままワタワタするのは止めてもらっていいですか?)


 店の雰囲気からもゼタさんの慌てぶりからも、ここが相当な高級店だというのが伺えるけど、ここに連れてきた当のリィルはあっけらかんと笑っていた。


「んふふー。大丈夫だよ~、私ってこう見えて結構稼ぎあるんだから。そ・れ・にぃ、今回のお支払いは私じゃないんだ」


「えっ、どういう……まさかッ!」


「んっふっふ~! そう! そのまさか!」


「脅しをかけたんですか姉さんッ!?」


「反応の方がまさかだったな~」


 まぁ、ついさっき不法侵入やらかしたばっかりですからね、疑われても仕方ないですよ。日頃の行いって大事!


「違うー! 私だって他人に迷惑かけるようなことしないって!」


「私、すごく迷惑をかけられた気がするんですが……」


「だって、ゼタは他人じゃないからノーカンだよ、ノーカン。じゃなくて!

 今回のこのお店、会員限定高級スパ『アーセムの雫』さんは、なんと! レジップさんからのご好意なんだよ! はいっ、拍手~。パチパチパチ」


 私の手を握っているせいで拍手ができないから、口でパチパチ言ってるリィルを横目に、ゼタさんと目を合わせて首を傾げた。


「レジップ殿が姉さんの店のお得意様であることは知ってますし、大商会の頭取であるレジップ殿なら、この店の会員なのも納得できるのですが……その、どういった理由で?」


「んふふ~、それはねぇ。レジップさんに、この間の騒動へのお礼と、オロアちゃんのしでかしに巻き込んでしまったことへの謝罪の気持ちを、どうにかイディちゃんに渡したいって相談受けたんだ。

 できればイディちゃんに直接お礼をしたかったみたいだけど、向こうも忙しいし、なかなか接点作れなくてさ。だったら、スパにご招待なんてどうですか~? って言ったら、それはいい! って話になったんだ」


「なるほど、そういうことでしたか」


「まぁ。ワタシ、あれからほとんど引き籠ってますしね」


 アーセムの頂上から帰ってきたあの日。あの夜からワタシは、外を出歩くのもままならなくなってしまった。というのも、アーセリアさんを筆頭に、今回のことに関わった街の上層部がワタシを盛大に担ぎ上げてくれたのだ。


 そりゃあね、史上初の頂上からの生還者ですから。盛大に発表したくなるのも分かるし、それをやるメリットも分かるんだけど、やられる側からしたらたまったもんじゃない。


 今のワタシが素顔を晒して街を歩いた日には、もうそこら中にいる人たちから揉みくちゃにされて、足腰立たなくされてしまうのだ!


 ……逃げるときに四足になっちゃうだけなんですけどね。


「そっ! そいうことだから、気兼ねなく高級お風呂を楽しんじゃおう!」


「ふふ、そういうことでしたら。ええ、たまには思いっ切り羽を伸ばすのもいいでしょう」


「そういうこと! ではではー、高級お風呂に向けて全速前進ー!」


「「おーッ!」」


 リィルのかけ声に合わせて、ゼタさんと一緒に拳を突き上げた。


 久しぶりの外出と合わさって、さっきからテンションが上がりっぱなしだった。


 まぁね、ワタシも中身は生粋の日本人ですから。お風呂が嫌いなんてことはある訳がないんですよッ!


 いや~、楽しみだなぁ。久々の銭湯だ。それもリィルとゼタさんと一緒とか、一緒とか……。




 ――あれ? これって不味くない?

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