112 これって違法占拠で訴えられません?


 返事と同時に足元で魔法陣らしきものが輝きだした。


「うむ! 快い返事、確かに受け取った。これで心置きなく、万事滞りなく、契約できるというもの! いや、めでたいのぉ!」


 止めてくださいよ、この展開はもうショタ神様と済ませたんだってば!


 なんでこっちの人たちはそんなに駄菓子感覚でポンポン契約しちゃうんですかねッ!? そんなことじゃあいつか騙されたり、いつの間にか覚えのない契約を結ばされることになるんだからねッ! 全部ワタシのことですけどぉ!


(めでてぇのはワタシの頭ってことだなッ!!)


 そもそもこんな騙し討ちみたいなことする必要ありました? こんなことをしなくても今の流れは円満に話がまとまって、お互いにwin-winな関係を築いていきましょうってなってましたよね!?


 もしかして、急がなきゃいけない理由があったとか?


(――ハッ! ま、まさか! レオゥルムさんはショタとグルだったのか!?)


 その可能性を考えてしかるべきだった。


 なぜレオゥルムさんが度々「あの方」と言って、神様との関係をほのめかしていたのか。つまり、ワタシは初めっからあのショタの手のひらの上でもてあそばれていて、レオゥルムさんと契約するように誘導されていたんだ。


 ……いや、なんで急いで契約させる必要があるのかは分からないけどさ。


 たとえば、ワタシの監視をしやすくするためとか? いや、あの神様だったら別にレオゥルムさんを使わなくたってワタシの監視とか簡単だろう。


 うん、というかわざわざ別の人を通してやる手間が増えるだけで、ショタ神様にはメリットなくないか、これ。


 それに、証拠はないけど……確信できる。


 あの自称神様のショタっ子は間違いなく、今だってワタシのことを覗いてる。箱庭の中を喜劇たっぷりに転げ回る人形みたいに、無様を晒し続けているワタシを観劇している、間違いなく。


 ということは、ショタ神様からしたらこれをやる理由もなければ、それを急ぐ理由もない。


 つまり、ショタ神様は関係ない……ってことかな?


 そうなると、この契約とやらを急いだのはレオゥルムさんってことになるけど、それこそ急ぐ理由が皆目見当がつかない。


 だって、急がなくてもあのままいけばワタシはなんの疑念も抱くことなく、レオゥルムさんとの契約とやらを結んでいただろうから。


 ということは、急いだ訳もなくて、何か策略があった訳でもない……つまりッ!


「まさに吉日! かようにも心躍る日がこようとはな。笑みが溢れて仕方ない!」


(ノリと勢いだけだった!!)


 なんてこった……。アーセムの頂上に座します幻獣様ともあろうお方が、何も考えることなく気分に押し流されるまま契約を強制執行してくれやがったみたいですね。


 バッサバッサ踊り狂っている翼を見ても間違いないな、うん。


 これって、クリスマスプレゼントを前にしてテンション振り切れちゃった子供が、包装紙をビリッビリにして撒き散らしていると時と同じだもん。カッパえびせん状態ってやつですよ。


 なんか足元の魔法陣と思しき模様も、レオゥルムさんのテンションが爆上がりするのに合わせて光量マシマシで、目が眩んで先どころか今も見えないワタシの犬生カラメになるのが見え透いているのは、ワタシの底が浅いせいですかね?


「さあ仕上げだ。其方の中に構築した宿の中に此方の半身を送り込む! これで此方と其方は繋がれた! ふっ、ふふふ、フゥアッハッハッハ!」


 レオゥルムさんが吠えるのと同時に魔法陣も光を一層強める。


 もう目が開けていられないくらいに白飛びしていく視界の中で、レオゥルムさんのそれは悪役しかしないだろうっていう高笑いが響き……タタタさんがどこから取り出したのかグラサンらしきものを装着しているのが端の方に映った。


(………キャラぁ!!)


 変化球どころか魔球ですよ。もうブレッブレッ! 変化幅が凄すぎて、ワタシでは貴女のこと掴み切れないよッ! もう後ろにもそらすし、目もそらしたい今現在!


 危険球も大概にしてくださいよ。もっと自分を大切にして!


「滾る、滾るぞぉ!!」


(アンタもなぁ!!)


 どうなってんだよワタシの周り。なんですか、アレですか。ワタシの周りに集まる人は必ず一回はキャラが崩壊しなきゃいけない呪いが発動してるんですか?


 リィルとゼタさんをはじめ、こっちの世界で今まで出会った人たちみんな初対面の時と変わり過ぎて、本当に同一人物か疑わしいくらいですよ。まぁ、こっちに来てから一番変わってるのがワタシだってことは疑いようもないんですけどね。


 そしてワタシにこの状況からできることが一切ないことも疑いようもない!


 ――ワタシ……当事者なのにいつだって蚊帳なんだ……。


 たまには優しさを見せつけてくれたって、ワタシつけ上がりませんよ?


 しかし、いつも通りワタシの思いは届くことなんてなくて、いよいよ限界まで際立った白の発光はアーセムの樹冠を染め上げるように広がって、ワタシたちを飲み込んだ。


「お、お゛ぉおおお!」


 歓声とも唸り声ともつかないレオゥルムさんの咆哮と共に閃光が弾けた。


 白一色で染められていた視界の中に色が戻ってくると、そこには特に何かが変わったことがあるようには見えない、レオゥルムさん、タタタさん、そしてワタシがいた。


「……ここに契約は為された」


「わぉんッ!?」


 突然、頭の上からレオゥルムさんの声が聞こえてきた。しかし、レオゥルムさんは確かにワタシの目の前にいて、嘴が開かれた様子もない。


 さっきから混乱仕切りの頭のまま、声の元に恐る恐る視線を向けてみると、頭上からこっちを覗くミニマムなレオゥルムさんと目が合った。


「これより此方は、其方と共にある。其方の喜び、悲しみ、すべてを分かち合い。心を通わせ、其方の生に寄りそうことをここに誓おう。其方の心が、ここにある限り」


「……えっ? あ、はい」


 何事もなかったってことで進めるんですね。


 ――タタタさんのグラサンはそのままだけどな!


 ワタシの視線に気づいたタタタさんは、できるキャリアウーマンみたいに口元をキュッと結んだ真面目っぽく見える様子でメガネクイッした。


(どんなにキメ顔しててもグラサン越しじゃあ表情見れないから! いや、本当にキメ顔してるのか知らないけどさ!)


 ちくしょう、常識人枠のはずのタタタさんがどうしてそんなことするんだ。実はその黒塗りのグラスの向こうでドヤッてんじゃないだろうな? ツッコミが欲しいなら顔ぐらい見せてよ。言っとくけど顔見せても可愛いだけだからなッ!?


 そんな、グラサンをそこはかとなく気に入った様子のタタタさんにレオゥルムさんは気づかず、やり切った感を出しつつ満足げに一息ついてくれていた。


 いや、貴方の巫子さんがアピールしてるんだから、しっかり見てあげてくださいよ。ちょっと寂しそうじゃないですか。ほら、落ち込んじゃったじゃん!


 視界の外で一向に見てくれないレオゥルムさんに、タタタさんが俯いちゃってるのをワタシが見ているっていう、とてつもなく気まずい空気はそのままで、レオゥルムさんは自由を得た鳥みたいに翼を広げたり閉じたりしていた。


「しかし。思った通り、其方の魔力とその器の大きさは破格だのぉ」


 感触を確かめるみたいに翼をいろんな角度と大きさで広げながら、レオゥルムさんは自分の身体を隅々まで観察しながらつぶやいた。


「そうなんですか?」


「うむ。此方の分け身を受け入れるだけの容量があるのは分かっていたが、これ程とはな」


「うむ。容量だけに留まらず、完全な肉体を形成するだけの質も併せ持っているとは……んん? これは……」


 首をかしげてワタシの方をしげしげと見つめてくるレオゥルムさんに気押されそうになる……けど、そんなことよりステレオで話しかけてくるのは止めてもらいたい。


 どっちに注目すればいいか分からなくなるじゃないですか。身体と違って脳みその方は容量が小さいことで有名なんですよ、ワタシ。


 どっちに話しかければいいのか迷うけど、とりあえずこれから一緒にやってくことを考えて、頭の上のミニレオゥルムさん、略してミニルムさんにしておこう。


「な、なんですかね?」


「ふむ……。どうやら其方、存外に気が多い性質のようだの?」


 ジッと、ワタシの底まで見透かそうとしてくる瞳に、今度はワタシが首を傾げた。


「……へっ? ど、どういうことですかね?」


「なんだ、自分でも気がついておらんのか」


「えっと、なんのことをおっしゃてるのか、皆目見当がつかないんですが……?」


 何か思わせぶりなレオゥルムさんの言葉に、恐々としながら上目遣いで見つめて次の言葉を待った。


「そうか。其方のような存在であればそういうことも起こりうるのだろうな。其方……此方以外にも契約を交わしているものがいるぞ?」


「……はい?」

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