111 ワタシってばホント宿……

「レオゥルム様。気をお鎮目ください。まだトイディ様の了解もとれてはおりません」


「おお! そうであったな。重ね重ねすまなんだ。して、どうだろうか?」


 恥じらうみたいに翼がしぼんでいく。羽の一枚一枚が元の位置に綺麗に折りたたまれていくけど、レオゥルムさんも期待感まではしぼめないらしく、そわそわした気配を隠せていない。


 なんだか、これから家族で一緒に遊園地に出かける朝の子供って感じだ。微笑ましさは欠片もないんだけどね。


「えっと、そうですね。その、ワタシの中にレオゥルムさんが入ってやりたいことというか、望みっていうのは分かりました。それで、その。入ったとして、その後のワタシはどうなってしまうとか、そういうのは分かりますかね?」


 気がかりはそこだ。ワタシの中に入ってくるのは構わないんだけど、それによって自分の意志とか、思考っていうものがワタシの手元を離れるというか……ぶっちゃけ、レオゥルムさんに乗っ取られるとかそういうことがないかが心配だ。


 いや、これまでの話を聞いてれば、レオゥルムさんの目的は人の心を知って、感じていることを共有することにあって、自分が何かを体験したいというのとは違うから、ワタシの身体を乗っ取っても意味がないというか、本末転倒なのは分かる。


 でもやっぱり、心配は心配だから、レオゥルムさんからしっかり言質だけは取っておこう。


「……なるほどの。此方こなたにその身を支配されてしまわないか、気がかりなのだな?」


「わぉん!? い、いえ! これは、その! あくまでも確認というか、別にレオゥルムさんを疑っているかそういうことではなくですね! ちょっと気になっただけっていうか!」


「気にせずともよい。当然の懸念だからの」


「いえ! だから別に懸念とか怪訝とかいうことはないのでですね、気にしないでください!」


「ふふふ、慌てずとも怒ったりなどせぬよ」


 気まっずぅ! あまりの気まずさに尻尾も不安げにゆらゆらしちゃってますよ。


 まぁ、あの流れであんなことを聞けば気づかない方がどうかしてるのかもしないけど、それを当人に指摘される気まずさよ!


 慌てふためくワタシを前に、レオゥルムさんは寛大な態度で幻獣たる器の大きさを見せつけてくれるけど、それによってワタシのみみっちさがより際立ってる!


 小さいのは身体だけで間に合ってるはずなんですけどね。


 もじもじと尻尾を先の毛をいじるワタシを気に留めることなく、レオゥルムさんは続けた。


其方そなたが案じるのも無理からぬこと。だが、術をかけるのが此方である以上、此方が安心せいと言っても詮なきこと。

 しかし、其方も分かっているように、其方を傀儡かいらいにしては此方の目的から反れてしまう。何より、あの方肝いりのマレビトである其方の意志を捻じ曲げるなど、いくら此方であろうとできぬよ。

 此方の言葉を信じすることができずとも、あの方の規格外さはすでに骨身に染みているのではないか?」


 レオゥルムさんの言葉によって頭の片隅から、あの憎たらしいショタ顔が引っ張り出された。


 こんなことを考えるのはレオゥルムさんに失礼かもしれないが、確かにアレは次元というか、成り立ちというか、根本的なところから違っていた。


 それは、これだけ壮大で重厚な存在感と、それに見合うだけの生き物としての格を分からせてくるレオゥルムさんだとしても、霞むどころか、比べる気さえ起きない。


 それくらい、違い過ぎていた。


「な、なるほど。確かに、言われてみるとそうですね」


「加えて、確かに其方を宿とするといったが、この場合、変化については巫子となる以上に少ない。

 巫子は此方の一部を入れるために、その者の生物としての構成を変化させる。いうなれば整地をする訳だが、其方の場合は整地をするのではなく、すでに整備されている空き地に此方の住居をこさえる、と言えば分かりやすいかの?」


 そう言って小首傾げてくるレオゥルムさんに、ようやく頷いて返すことができた。


「やっと想像がつきました。それなら、安心とは言えないんですけど、納得はできました。説明ありがとうございました。

 あ、あと、ワタシの考えとか思っていることとか、そういうのがレオゥルムさんに筒抜けになってしまったりすると、その、恥かしいんですが……」


「うむ、その点も心配せずとも問題ない。其方の中を間借りする訳だ。此方とて、プライバシーを侵害しない程度の分別は持ち合わせておるよ。

 加えて、其方が此方の宿となることを了承してくれたとしても、四六時中其方と行動を共にする訳でもない。其方の中に引っ込んでいる時間もあれば、其方から離れて色々と見て回る時間もあろう」


 そりゃあそうか。レオゥルムさんに休息が必要かどうかは定かじゃないけど、だからといって何がなんでもワタシにつき合う必要はないし、むしろそんなことをされたらワタシの精神的な疲労が加速してくのは見るまでもないのでありがたい。


「あっ。そういえば、レオゥルムさんはご飯ってどうするんですか?」


「此方は幻獣。外見的には獣の要素が多いが、それはあくまでも見ての話。此方はどちらかというと精霊に近い成り立ちをしておってな。故に生命を持続させるといった意味での食事は必要としない。

 その代わり、其方から幾分かの魔力を頂戴することになろう。もちろん、宿と食事を提供される以上、此方の権限が及ぶ範囲にはなるが、其方が何か困難に直面した時などには力を貸す約束をしよう」


 なんていうか、本当に宿って感じだな。しかも自動走行型の冒険者の宿みたい。


 寝床と食事を提供する代わりに、戦力としてそこに定住してくれると。確かに戦闘力が皆無なワタシからすると、神様から貰ったチートがあったしても、どこに危険が潜んでいるかも分からないファンタジーなこの世界を巡ろうとする以上、レオゥルムさんが護衛の真似事をしてくれるというなら願ってもないことだ。


 しかも、それが世界でも類を見ない強者とワタシの中で噂の幻獣様であるレオゥルムさんとか……、これはもうワタシの勝ちってことでいいですね。


 問題は、それだけの存在を養えるだけの価値がワタシにあるとは思えない点だけですね……、これは負けてもらうしかねぇな!


「あの、言ってはなんですけど、ワタシみたいなのの魔力だけで、レオゥルムさんのような存在が満足できるだけの魔力を供給できるのでしょうか?」


 ワタシの問いにレオゥルムさんがきょとんとした顔を向けてきた。


 まるで「何を言ってるんだオマエは?」とでも言いたげな視線に、ワタシの中で不安が膨らんでいき、突如として上がったレオゥルムさんの笑い声で一息に弾けた。


「ふっふっふ。其方で無理であれば、いったいこの世でどのような存在であれば可能となるというのか。それ程、其方の魔力は質、量ともに破格であるよ。誇って良いぞ」


「……えぇ!? そ、そうなんですか?」


「うむ。此方のような存在からしたら垂涎ものよ」


「……え、えっへっへ。なんか、そんなこと言われたことないんで照れますねぇ」


 どうやら負けてもらうまでもなく、ワタシの価値が天井知らずにストップ高だったみたいですね。これはもう、世界中が放っておかないかもしれない。


「照れることなど何があろうか。これは其方しか持ち得ぬもの。そして、何より誰しもが認めざるを得ぬ、超常である」


「そんなぁ、褒め過ぎですよぉ」


 おいおいおい。そんな持ち上げてどうするつもりですかぁ?


 これ以上おだてられたらワタシの尻尾がフルスロットルに入って、持ち上げられるまでもなく飛んでいっちゃいますよ?


 まぁね、ワタシも薄々感じていましたよ。実はワタシってすげぇんじゃ? って。


 でもさ、やっぱり人間は謙虚じゃなくっちゃいけないからさ。だから、犬であるワタシが調子に乗っちゃうのは仕方ないってことじゃないですかね!?


「否。其方はその成り立ちからして普通ではない。故にその身体も魔力も、すべてが一欠けらに至るまで、普通とは異なるのだ。これは純然たる事実。それを否定しては、謙遜ではなく嫌味と取られてしまうであろう」


「……そうですかね」


 ……なんで、そんなに真剣な顔で諭してくるんだろう。


 テンションと尻尾が降り切れる寸前だったワタシとは正反対の落着き払った声。まるで大切なことを言い聞かせる父親のような雰囲気に、ワタシの尻尾も鎮まらずにはいられなかった。


 ワタシが落ち着くのを待っていたみたいに、レオゥルムさんは一度頷くと、ワタシが十分に言葉を噛み締められるようにか、ゆっくりと一語一語、確かめるみたいに言葉を続けた。


「故に、誇るべきことは、誇るべきだろう。其方が、其方であることを。しっかりと胸を張って、のう?」


「……はいっ!」


 誰かに認められる幸福感と、こんなにも親身になってくれるレオゥルムさんから誇ってもらえるような存在になりたいというような義務感が腹の底から湧いてくる。


 さっきまでみたいにテンションだけが上がっていくんじゃない、自分が上るべき道が定まった高揚感に身を震わせた。


 なるほど、これが王者の風格ってやつか。




「では、さっそく契約をしようかの」


「はい! ……へっ?」




 ――この流れ前にも見たことがありますよ?


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