110 幻獣の願い
何がそんなに面白いのか、爆笑しきりなレオゥルムさんをポカンと口を開けたまま見上げた。
「ふっふっふ。いやいや、まことにすまんの。あまりにも
(いや、ついってなんですかね、ついって!?)
そんな我慢できなかったんだもん、みたいな調子が許させるのは小学生までですからぁ!
つまりそこは幼女で犬であるワタシの領分なんで土足で踏み込むは止めてもらおうか、犬であるワタシですら靴を履いてるんですからね!
「そんな、恨めしそうな目をするでない。またやりたくなるではないか」
レオゥルムさんの目がスーッと細まっていく。まさしく獲物を目の前にした猛獣のそれだ、ワタシで遊び倒そうとしているに違いない!
「レオゥルム様、その辺りで。話が一向に進んでおりません。トイディ様も。レオゥルム様に勝手に娯楽を与えられては困ります」
「これってワタシが悪いの!?」
理不尽だ、あんまりにも理不尽だ。餌禁止の立て看板もないのにまるでワタシが嬉々として自分を差しだしてるみたいに言われる謂れはないと思います。
そもそも餌じゃねえから、玩具でもねぇから、犬なんだから!
「うむ。タタタの言う通りだの。では、少し話を戻すが……どこまで話したかの?」
「おじいちゃん!!」
「いや、
「おじばあちゃん!?」
「ふふふ、冗談だ」
「どっちがですかぁッ!?」
ちくしょう、気になって仕方ない!
意味深な笑いを浮かべるレオゥルムさんに好奇心がこしょこしょされて、ボールを前にした犬みたいに落ち着きがどっかにいってしまった。
くっ、上半身を低く構えて尻尾を振り回したい衝動に抗えない!
「……レオゥルム様?」
「うむ! 巫子になる選定を受けた子の寿命を延ばすのに、其方が何を差しだせるかであったな! うむうむ、覚えているとも。さっそく話を進めるとだな。先程其方が提案した、其方の身体を差しだすというので問題ない、ということだな!」
おいおい、なんて素敵スマイルだよタタタさん。思わずワタシの尻尾も股の下で丸くなっちゃったぜ。そんな手懐けようとしなくたって、ワタシは従順度マックスですよ、はい。
まぁレオゥルムさんに関しては、それだけ早口で捲し立てられるならボケの心配はなさそうですね。やっぱり世話役兼保護者がしっかりしてるからですかね。
くーっ、羨ましい限りですよ、ホントホント。
「……って、身体でいいんですかッ!?」
マジで流しそうになるんで、そういう重要なことはしっかり溜めを作って、ここぞっていうときにキメ顔と一緒に吐いてもらっていいですかね。
しかし、この部分だけ聞くと卑猥度マックスで保護者からクレームがきそうだな。
でも、タタタさんからはスルーの判定をいただいてるので問題なさそう。むしろ、影が差した笑みを崩していないところを見ると、そんなことより話を進めろってことだろうな。
「うむ。先程は巫子になるのと変わらないと言ったが、それは通常と同じように巫子としたときの話でな。確かに巫子も身体を変化させることに変わりはないのだが、これはあくまでも変化させなければ寿命がなく、此方とのラインを繋げることに耐えられない通常の人族であった場合のこと。
しかし其方の場合、その成り立ちからあの方の意志が介在しているマレビト。であれば、人族のまま此方とのラインを繋げることも可能であろう」
「えっと……つまり?」
「つまり、の。人族のまま此方とラインを繋ぎ、通常の巫女では耐えられない大きさの此方を受け入れてもらいたいのだ」
えっ、もしかして……本当に卑猥な話ですか?
いやいや、さすがに刺激に飢えているレオゥルムさんだとしても、隣りでタタタさんが目を光らせているこの状況でそんな話はしないだろう。さっき釘を刺されたばっかりだしな。
つまり、肉体的な話じゃないってことで、そんなことは
そうですとも、四本足でしっかり地面を踏みしめて歩いていても躓いてばかりですからね。
ワタシの犬生、穴だらけ……大半が自分で掘ったものだってのが、もう始末に負えない。
いや、そんなことより、大きなレオゥルムさんを受け入れるって話ですよ。
卑猥なあれこれじゃないっていうなら、おそらく身体の変化についてだろう。
えっと、確かレオゥルムさんは巫子に対して、人から精霊に変化させた後、自身のなんらかの一部を分け与えて、ラインを繋ぐってことだったはず。
ということは、そのなんらかが一部っていうものが大きくなる、ってことかな?
「えっと……つまり、普通の人族では許容できないレオゥルムさんとのラインが、ワタシならできるってことですかね?」
「うむ、その通りだ。本来であれば、此方の一部を分け与えるだけでも人族とは根本的な成り立ちが異なる精霊としなければ許容できぬが、マレビトである其方であれば、そのままで此方の一部どころか意識を持てるほどの分け身を入れても問題ないであろう」
「あの、正直よく理解できていないんですが……簡単に言うとワタシはどうなるんですか?」
「そうだのぉ。例えるなら……其方の中に小さな此方が住み着く。つまりは、其方が此方にとっての宿になる、といったところかの」
「はぁ……」
まるでピンときていなくて生返事が零れた。なんというか酷い例えだけど、イメージできたのは腸内細菌だった。
ワタシの内側で小さいレオゥルムさんがうごうごしていて、ワタシのなにがしかをもぐもぐしている……うん、なんというか、イヤだな。
だがしかし、他にワタシが差しだせるものなんて思いつかないし、レオゥルムさんも身体でいいと言ってくれている以上、ここで駄々をこねても仕方ない。
うん、そうだ。細菌なら元々誰の身体の中にだっているものだし、それが増えるだけだって思えば、むしろ身体的には健康に近づく気がしないでもない……いやないな、うん。
まあ、ワタシには選択肢なんてないのだけは確かなんだ。分からないなら分からないなりに、とりあえず分かることを増やすことに集中しよう。
「えっと、質問なんですが。ワタシの中にレオゥルムさんが住むっていうのは、なんとなく分かったのですが、それがレオゥルムさんにとってどんなメリットがあるんですか? 人に寄りそって心を知りたいっていうなら、今でも巫子の方々ので十分なのでは?」
「ふむ……確かに現状の巫子を通して知り、感じる方法でも人の心を知ることはできている。この方法にはこの方法なりのメリットもある。が、やはり此方に伝わってくる情報が少なくなってしまうのは否めないのだ」
「それがワタシの中に住めば解決するんですか?」
「解決どころではない!」
(おうッ!? 急に顔を近づけてくるのは止めていただきたい!)
いや、本当にビックリするから。自分の顔が猛禽類ってことを忘れてるんじゃなかろうか?
ググッと急接近してきたレオゥルムさんの圧を、上半身を反らしてなんとかやり過ごす。レオゥルムさんはなんだか興奮した様子で、ワタシの状態なんて目に入っていないみたいだった。
「其方の身体に入ることを了承してくれるのではあれば、此方はここにいながらアーセムを離れられる。
此方は自身の目で、耳で、肌で、心で!
これまでは遠く、巫子たちを通してしか感じられなかった様々を!
此方自身の、此方だけのものとして感じることができるのだ!!」
グンッと首を上に向けて伸ばしたレオゥルムさんは、遥か空の彼方、悠久の星々を思うみたいに、手の届かぬはずのものを前にしたみたいに、目を輝かせた。
期待が膨らんでいくのと呼応するように、翼までいっぱいに大きく広がり、レオゥルムさんのテンションの上がりようが全身から溢れて見て取れた。
「これが昂らずにいられようかッ!?」
ゴゥッと樹冠の上を風が駆け抜けていく。まるで、レオゥルムさんに影響された風が、待ちきれないと走りだしたみたいだった。
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