47 天すら越えて、響いてゆけ


 その情報はきっと彼女の中で超新星爆発を引き起こしたに違いない。その証拠に、オロアちゃんの瞳にはどこまでも底のない闇が広がっている。


 あまねくものを照らす太陽は砕け散り、全てを飲み込むブラックホールがそこにあるのは疑いようもない訳で。


 吸引力の変わらないただ一つの瞳から目が離せなくて、ワタシの瞳からも光が消えそうなんですけど、でも見たくて見てるんじゃないんですよ。


 ただね、目が離せないっていうか、少しでも視線を逸らしたら、その瞬間、まるであの星の瞬きのように儚く消えてしまいそうで……、主にワタシの命が。


 ――このドキドキ……、疑いようもなく恋!


 間違いないね、ワタシは穏やか日和が恋しくて仕方ないんだ。


(優しく照らしてくれたっていいんだぜ? ……太陽)


「へ、へぇ。お、おね、お姉様の、妹様でしたか。そうですか……はぁ?」


「ひいぃっ!」


 待て待って、落ちついて。そんな戦闘力に極振りしたみたいな声で同じ言葉を二度も繰り返すなんて、ホント一般人のことも考えてくれないと良くないよ。


 ほら、ワタシの戦闘力も妹力もオロアちゃんの足元どころか、逆立ちしたって敵う筈もなくて、腹をだして舌を見せて服従のポーズを決めたらただの犬でしかないから、私はペットだったんだよ!


(いいのか? ワタシのお手を見たら、……死ぬぜ?)


 主にワタシの尊厳がな、って思ったけどそもそもそんなものは初めからないので、死ぬのはワタシの精神だけだったうえに、オロアちゃんはおそらくそれを望んでいるんだろうなってことは想像に難くない。


 いやそもそも可笑しすぎて笑えないんですけど、敵意は持たれないっていうことであの自称神様と話がついてるはずなんで、そこら辺の契約がどうなっているのか今一度確認させていただきたいうえに、できるなら契約の変更も宜しくお願いします。


 でもワタシは知ってる。


 交渉っていうのは、対等な者同士が同じ土俵に立って、初めて成り立つんだって。つまりあのショタっ気の強い神様がテーブルにつくことはあり得ないし、このロリっ気の強い少年に話が通じることもないんだ。


 ペットのままじゃあどうあってもワタシは死ぬしかないし、むしろいい大人的には既に死んでると言われてもこの身体じゃあ反論の余地もなくて、社会人である身の上としては殺されざるを得ないことも納得してしまうところではあるのだけれど、ワタシはどんな無様を晒して人間性を投げ売ってでも生き延びてやるのもやぶさかではない!


「……妹……妹……妹? それは私? 私は誰? お姉様の妹は私? じゃあこの子は?」


 考えろ、考えるんだ、ワタシ。


 思考を一瞬でも止めたら喰われる……、それはもう跡形も残さず。そうなる前に、これ以上、彼女 (?) が何かしでかす前に。現状をひっくり返すような一手を、世界を塗りつぶすような一言を!


 ワタシは諦めない、生き延びてみせる。


 さぁ、この胸に飛び込んでこいよ、起死回生のアイディア。恥ずかしがり屋で、顔を覗かせるのだって戸惑っちゃうオマエを、優しく抱きしめてやる準備はいつだってできてるんだぜ?


(………………)


 アッ、アカン。何も浮かんでもこなければ降りてもこない。


 でも、考えてみなくても、あの絶対的に性悪であることは確信させられている神様が何かを寄こしてくれる筈もないし、考えてみれば、大分容量が小さくなってしまったこの頭脳では光明を見いだすことなんてできないのは分かり切っていた。


 初めから、こうなるって、……決まっていたんだ。


 ちくしょうぅ、望むことすら許されないっていうのかよ。みんなが笑う、ただそれだけの未来ことが! 


「姉? 妹? 犬……ペス?」


(――ッ! キタコレコレコレ、コレしかない!!)


 ワタシがこの小さな身体に命を抱えたまま窮地から脱するための一欠の希望は、絶望の闇の底に眠っていた、パンドラっていたんだ。


 今まさにこちらを丸呑みにしようと大口を開けているあぎとに飛び込んでいくような所業だとしても、例え一秒前が互いに存在していることすら許せないような怨敵でも、手を取り合って笑える時がくるって、ワタシ信じてる。


 なんにしろ、死地に飛び込まなければ手に入らないものだってあるし、飛び込まないでいてもむしろここが既に死地だから何もしなければ死ぬばかりだし、いとわろし。


 つまるところ、これで駄目だったらもう打つ手なんてないから笑うしかなくなるんだけど、ワタシ独りの空笑いじゃあ空しくって仕方ないからさ。


 やっぱり空には太陽が輝いていないと、寂しいだろ?


 みんなで声を出して笑うため。これは、温かかった太陽キミを取り戻すための闘いなんだ。


 ――受けてみろよ……、ワタシの全てを込めた一声をッ!


「お、おぉ、おおおオロアお姉ちゃん!!!」


 一陣の風が吹き抜けた。


 確かに響いた筈のワタシの叫びは、その風に攫われてしまったように、辺りに痛いまでの静寂だけを残していった。


 ついでにワタシの胸も凄まじい緊張で痛いけど、それは攫ってはくれないようだった。


「……今、なんと?」


 数分にも感じられた数秒の後で、俯いて影の中に隠れた顔の奥から、絞り出すような声が漏れだしてきた。


「えっ?」


「ですから。今、なんと仰いましたか?」


「お、オロアお姉ちゃん?」


「くうぅッ!!!」


「ひいぃっ?!」


 恐る恐る確かめるように零したワタシの呟きを耳にした途端、オロアちゃんがうめき声を上げながら、不可視の攻撃を受けたように胸を押さえて後退った。


 ガクガクと、今にも頽れそうな足に力を込めて地面を踏みしめ、肩を大きく上下させながら荒い息を吐きだす。


 急性の不整脈と心不全と狭心症がジェットストリームアタックを仕掛けてきたようなリアクションのオロアちゃんに、今なら逃げられるのではなんて考えがよぎった瞬間、バッと音が出るくらい凄まじい勢いで彼女の頭が跳ね上がり、ワタシの尻尾も跳ね上がってお股を強かに打ち据えていた。


 先程まで影に覆われていた顔は、ちょっと血色が良くなり過ぎているぐらいに赤くなって、限界まで見開かれた目と、はぁはぁと荒い息を吐きだす姿は、犯罪者半歩手後れって感じだ。


 ――それでも、


「……か、可愛いじゃないッ!」


 抜けるような青空、その空高く根を張っているようなアーセムの樹冠すら越えて。


 幼女ワタシの声は、太陽にすら届いたんだ。


「得心がいきましたわ。確かに、このわたくしの妹になるというなら、私のお姉様であるゼタ様の妹であるは必然。

 ええ、ええ。そういうことでしたら、私としてもやぶさかではありませんもの。

 で、ですから……。も、もう一度呼んでも宜しいのですよ?」


「え、オロアお姉ちゃん?」


「はぁあぁぁっ!!!」


 オロアちゃんが本当にない胸に祈るように組んだ手を押し当てながら奇怪な叫びを上げ、天を仰ぎながらビクビクと痙攣する。


 こっちに来てから知り合う人に真面なのが少ないのはなんでなんだろうな……。


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