46 全ては神の御心のまま


「あっ、ちなみにあのオロアって子。男の子だから」


「薔薇だったかぁ!」


 ――いや、待てワタシ、果たしてそれが世界の選択なんだろうか?


 この案件には落ち着き払った態度で挑む必要があるのは確実だから、落ち着く以外の選択肢はない。

 そう、一度目を閉じて深呼吸をした方が良いかもしれない。きっとワタシは、まだ母性に錯乱しているんだ。


 だからあれほど、用法用量は守ってキメろと自分に言い聞かせていたんですよ、ワタシは。


 それなのにリィルもペスさんも、こっちの事情なんてこれっぽっちも考慮しないで、ナデナデしたりペロペロしたり好き勝手にやってくれちゃって、癖になったらどうしてくれる!


 ほら、こんな風に瞳を閉じて、式が終わってからにわかに喧噪を取り戻した街の空気を胸一杯に吸い込んで、色々とあったあれやこれやの情景と混ぜ込んで、過ぎ去ってしまった時間にほんの少しの物寂しさに乗せて吐き出してやれば、日常はいつだって隣りにあるものなんだ。


 そっと目蓋を開いて明るさを取り戻した視界には、名うて画工が一筆で描き上げたような美しく波打つ黒髪がボレロに包まれた肩の上で踊り、頬を朱色に染めながら潤んだ瞳は愛おしさに溢れ、ぷっくりとした小さい唇は熱に浮かされた吐息に蕩けてなまめく。


 そして、その身を飾るは白を基調にフリルをふんだんに使ったロリータ風ドレス。


「……やっぱり百合なんじゃないか?」


 ――オーケー落ち着いてるなワタシ、状況を整理しよう。


 仮にリィルが言うように、あのどこか良いところのお嬢様にしか見えない少女が、実は良いところのお嬢様にしか見えない少年だったとしたら、これはもしかしなくてもノーマルカップリングに該当する案件だと学会が発表してくるのも時間の問題だ。


 しかし、どちらにもおちん○んがついている以上、やはり薔薇園にそっと置いてきてあげるのが人情っていうものの気がしなくもないし、それでもワタシは外側から楽しむ立場である以上、衣服という第二の皮膚を脱ぎ捨ててしまうのは忍びないというワビサビが溢れかえってしょうがない。


 だからといって生まれたままの姿を否定しては野蛮が過ぎて業界の人に怒られそうだし、むしろ自認している性別がそれぞれ男と女だと言っている以上、分け隔てなくみんなで楽しむのが世界平和への道筋であることは誰もが認めるところだから、CP(カップリング)の法則が乱れる。


 つまり、……どういうことだろうか?


 とりあえず学会から新しい研究成果の発表待ち、ってことでワタシは目の前の全てを受け入れて前に進む前に、道を誤っていそうな二人に正しい道なんてないんだってことを教えてあげることから始めるべきなんだろう。


 しかし、こんなワタシにだって分かることが、あるにはある!


(ゼタさんは絶対に総受けだね。間違いない!)


 ――世界よ、これがワタシの選択だ……!


「ありがとう。君の笑顔はどんな宝石よりも輝いているよ」


「お姉様……っ!」


 二人だけの世界観を構築しているのに、ワタシの選択が意味を持つなんてことがあり得ないのはもう十分に承知して久しいし、こんなどうしようもない方向に思考が吹っ飛んでいくのはあの碌でもない神様の宣託があったからに違いない。


 あんなよく種類も分からない花が咲き乱れている空間に割って入るなんて、花にだって命はあるって心から信じてる優しさで小さくまとまったワタシがそれを割り砕くなんて可哀そうでできる筈もないから、もうちょっと周りに目を配ってくれるとワタシの心と世界に平穏が寄り添ってくれる予定があるんで、そんな狭い場所で完結してねぇでさ、ビッグになろーぜ!


「やっ、オロアちゃん。久しぶりだね」


 花園に分け入っていくのになんの躊躇も見せないワタシに対して心の小さい人代表のリィル、流石だぜ。

 ミュージカル映画だったら周りを巻き込んで踊りだしている場面に、アサルトライフルを担いでゴーストを撃ち殺しにいくような所業に全ワタシが震えています。


 ――見ろよ、オロアちゃんの目をッ! 


 既に震えてるからね、これ以上は遠慮したいところ。


 君の瞳にバイブレーションじゃあトキメキも温もりも感じなくて、ワタシにはみんなの太陽が冷え切っているように見えるんだけど、どうなっているんですかねゼタさん。


「あら、リィルさん。いらっしゃったんですね。まっっったく、気がつきませんでしたわ」


「んふふ~。ダメだよ、もうちょっと周りをよく観察しないと。肝心なことを見落としちゃったりしたら大変だよ?」


「ご心配いただき、ありがとうございます。

 けれどわたくしがお姉様のことで見落とすなど、アーセムが倒れるよりあり得ないので、お気持ちだけでいただいておきますから、いつものようにお店に引きこもっていらした方が宜しいんじゃないですか?」


 異世界では晴れているのに稲妻が光って火花が散るのは普通のことなんだって受け入れることにワタシは大いに積極的だから、人と人の間でまで気象を荒らさなくても十分に空気は冷え切っているからそんなお気遣いなくお願いします。


 こんなさ、震えるような寒さに晒されているとさ、温かいものに体を近づけたいって思うのはもう宿命じゃん、毛皮とか。


 だからこれは風よけとか避雷針とか自分だけは助かろうとかそんな浅ましさとは無縁な訳で、ただ一欠けらの人間味にほんの一時でも触れられれば、ワタシは穏やかにいられるんじゃないかなって。


 こんなこと、自分がもっと傷つくだけだって知ってるのにね、ゼタさん……。


「んふ、んふふぅ~」


「せめて笑い方ぐらい人族に寄せた方が良いかと思いますよ?」


「そんな生意気を言っていられるのも今のうちだよ、オロアちゃん。この二人の様子を見ても同じ言葉が吐けるかなぁ!?」


 ――分かってる。これは、天命なんだ。


 非難した先が悪かったとか、そもそも出会っちまったのが運の尽きとか、そういうことじゃなくて。

 きっと、ワタシは心のどこかで受け入れるのを拒んでいただけで、随分と昔から『かくあれかし』とそう定まっていただけの話だから。


(……だから、受け入れるよ)


 身をひるがえして、背後に隠していたリーサルウェポンを披露するようなリィルの笑みも、誘導されるままにこちらに振り向き、そのリーサルウェポンの直撃をくらって目を剥いたまま凍りついたオロアちゃんの感情が消し飛んでしまった表情のない表情も、全ては(ファッキン)神の御心の(中身は真っ黒で)まま(ならない)。


 ただ言わせてもらえるなら、これは心の暖をとっていただけで、何も君のお姉様を盗ろうとかそういうのとは違っていて、むしろワタシが欲しいのは美味しいものと休息だから、その息もできなくなるような気迫よ、お鎮まりください。


「……お、お姉様。その、そのは、いったい?」


「ああ、紹介がまだだったね。オロア。

 彼女はイディちゃんといって、不運な事故に巻き込まれてしまい、意図せずオールグにたどり着いてしまった迷い子なんだ。そのうえ、事故の後遺症のせいか記憶も不明瞭で、オールグに知り合いがいるかも分からない。

 そんな……、そう。大変な運命を背負ってしまった、哀れな子なんだ」


 哀れなのは何も間違っちゃいなけど、これ以上ゼタさんが喋り続けたら哀れを通り越してむごいことになるのは決定された未来みたいなものなんだけど、二人の間に割り込んだらそれはそれで低体温症で死ぬことに変わりはなくて、ガタガタ震えながらお祈りを済ませたくても祈る先に碌な神が待ち受けてなくて、――これは詰みましたね。


「そ、そうでしたか。それはそれは、大変でしたのね。お姉様、宜しければわたくしが」


「だから私の妹とすることにしたんだ」


「……はぁ?」



 ――Oh,GOD……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る