48 雨乞いって、どうやればいいんでしょうか?


 ――でもまだだ、まだ大丈夫。


 オロアちゃんから花のようないい匂いはしてもそれは栗ではないから、肉体的には一線は越えていない筈だ。

 でも、精神的にはだいぶ踏み外してどこかは知らないけどアッチの方に逝ってしまってる感が否めなくて、最終的にワタシが大丈夫じゃなくなりそうなんだけど、それも予定調和なのでワタシはまだなんとかここに踏み止まっていられそうな気がする。


 そのためにもちょっと落ち着いてもらいたいんだ。


 オロアちゃんの瞳が光を取り戻したのは大変喜ばしいことなんだけど、今度はちょっと危ないぐらいに輝いてるんで。


 強すぎる太陽の光の下では、人は生きていけないんだ。


 それでなくても、こっちの世界に来てからのワタシは精神的炎上を繰り返して心はカピカピに乾き切っているので、癒しという名の水をいただけるとありがたいんだけど、可能なら欲望がありのままに駄々漏れているその涎以外でお願いします。


「ふふっ、ふふふ。お姉ちゃん……、お姉ちゃん。じゅるゅっ。

 中々良い響きじゃありませんか。あぁ、こんなに胸躍るのはお姉様にお会いする時以外では初めて。でも足りないわ、圧倒的に。

 さぁ、イディ。もっとわたくしとの絆を深めましょう。

 差し当たって、まずはお姉ちゃんとお茶をしましょう! さぁさぁ今すぐに!」


 見るからに美少女な少年にお茶に誘われるなんてそれ自体初めての経験なんだけど、腰を落としてジリジリとにじり寄られながらお茶に誘われるのも初体験です。


 最近の子はタックルの予備動作みたいな態勢でお茶に誘うのが流行りだなんて積極的なのは良いことだと思うんだけど、中身おじさんなワタシはこういうの初めてだから優しくして欲しくて、でもこっちの世界はいつでも激しさに溢れているからワタシ壊れちゃう。


 そんなことを思いつつも、こんな姿になってる時点で『俺』としては取り返しがつかないぐらいに壊れ切っていて、残っているものなんて何もないのに、それでも縋らずにはいられない卑しさに全ワタシは癒しを求めて止まないです。


 ――照らすだけじゃあ、いつかは枯れちまうんだぜ? 心ってさ。


「さぁ、わたくしとお姉様と、三人で。たっぷり、じっくり、お茶に戯れましょう?」


 スッ、とほんの僅かではあったがオロアちゃんの確かに重心が沈み、今まさにワタシとの距離を一呼吸でゼロにするその瞬間、ワタシたちを別つように一つの影がその行く手に立ちはだかった。


「んっふっふ。私抜きでそんな話を進められると本気で思ってるなら、浅はかにも程があるよ。浅すぎて、底がなしのお馬鹿さんだよ」


 不敵という言葉は今、彼女のためにある。腕を組みながらの仁王立ちで遥か高みより見下ろすようなリィルの顔は、見ていたら五分でストレス過多により叫び声を上げたくなるぐらいの、自信とか、不遜とかを煮詰めた、端的に言うならちょこざいな表情で、オロアちゃん的には舌打ちを禁じえなかったのは致し方なかったのは誰もが認めざるを得なかった。


 外見そとみでは九死に一生を得たように見えるかもしれけど、どう足掻いても照らしつけてくる恒星が二つに増えただけなので、ワタシが十死に至る時間が加速度的に早まって、現在のライフゲージ的に十割はとうに過ぎているから早まらないで欲しい。


 恒星同士が衝突することか、宇宙規模的に逃げ場がないから、小さくても頑張って生きてるワタシことをおもんばかって欲しいけど、でも二人の意識がこっちを向いたら蒸発する以外ないからやっぱりワタシみたいな細事を気にする必要なんてなかった。


 ――ははっ、スケールがちげーや。


「あら、まだいらしたのですね。

 さっさと自分のすあなにお戻りになった方がよろしいのではなくって? 

 こんな良い日和にあまり長いこと外を歩いていては身体に毒でしょう。

 無理は良くないですよ?」


「んふふふふ。自分の巣穴みせ一つ持ってないひよっこに、何を言われようと痛くも痒くもないもんね~。

 まぁ確かに? 豪華な籠の中で大事に大事に餌付けされてきたオロアちゃんから見たら籠の外にあるもなんて、全部が貧相に見えても仕方ないのかもしれないね。

 それなら、こんな貧相なとこにいるなんて苦痛でしょうがないだろうから、あったか~い籠の中に帰ってピヨピヨさえずって方がいいんじゃない? 

 無理は良くないよ?」


 美女と美少女が互いに詰め寄って至近距離で見つめ合うなんて、傍から見れば花屋が仕事をしそうな状況だけど、そこに花を置いたら火花が引火して炎上すること間違いなしだからまずは消防に連絡するべきなのは間違いない。


 しかし最終的な災害への対処は自衛隊の管轄だから、どこに連絡すればいいのか知らないワタシは大人しく泣いておきます。


「ぬぬぬぬ」


「んむむむ」


「リィル殿、子供相手に張り合わないでください。ほら、オロアも。そんな怒った顔をしていってはせっかくの美しい顔に陰が差してしまうよ?」


「はいっ! お姉様! オロアはいつでもお姉様のために輝かんばかりの笑顔を常に湛えておりますわ。

 ああ、でもでも、お姉様の輝きの前ではわたくしなんて炉端の石ころ同然。

 私にお姉様の美しさを表現しきるだけの語彙がないのが、我がことながら恨めしくてしかありません。こんな不出来な妹をお許しください、お姉様……」


「ゼタに話しかけられた途端、これだもんね。ホントに裏表がハッキリしてるっていうか、その十分の一でも私に向けてくれたら少しは可愛げがあるのに。

 ねっ、イディちゃん!」


(星々の争いに一小市民を巻き込まないで!)


 星と戦える存在なんてのは某野菜人ぐらいのものなんだから、それをワタシに求めてくるなんて暴虐すぎる仕打ちだろ。この手を見ろよ、小さすぎてお椀すら碌に掴めなくなったこの手を、見つめていて自分で涙が止まんねぇよ。


 しかし、そんなワタシの小さな雫なんて認識される間もなくヒートアップした二人の熱に蒸発させられてしまったから、世界とワタシを労わってホント。


「そもそも、わたくしたち姉妹の水入らずの交流を妨げる権利が貴女にあるとでも言うんですか!?」


「勿論、あるよ。そもそも戸籍上なら私とゼタは本当の姉妹だし。それに……」


 チラッと、リィルの視線がワタシの方に投げられる。そこに乗っていたのは信頼だったり、友情だったりと、こそばゆくって仕方ないんだけど温かな色で、元の世界でもついぞ向けられたことのないような感情に嬉しくて涙がでそうなんだけど、熱量が高すぎてそれすら蒸発していくしかないとか悲しさに震えしか湧いてこなかった。


「私とイディちゃんは親・友! だからね! 

 既に二回もお茶を酌み交わした茶飲み友達で、盟友で、莫逆の友なんだよ! ついさっき姉妹になった程度のオロアちゃんには及びもつかない深~い仲って訳。

 分かったら親友同士の語らいを邪魔するなんて、無粋なことは控えてもらおっかな、お・じょ・う・さ・ま?」


 まさに勝利宣言。


 勝ち誇り、愉悦に歪む口元、完璧に仕上がったドヤ顔には、殴り抜かずにはいられない使命感のようなものが掻き立てられる気がしなくもないが、今ここでワタシがどっちかの味方についたらこの状況はより面倒くさい方に向かうことが運命づけられているので、ワタシは地面の石畳の数でも数えていることに全力を注ごう。


 別にワタシのことで、ワタシの意思を顧みず、ワタシの行動が及ばないところで、ワタシの行く末が決められようとも、悲しくなんて、なかった。


 ――涙はさっき、枯れ果ててしまったからさ……。


「……うぐ、うぐぅ。お、お姉様~!!」


 ――ついに太陽は砕け、暗黒の世がやってくる。


 まぁ、中身的にだいぶ黒いのは分かっていたし、リィルがいるから恒星は間に合っているから特に問題はないように思うし、オロアちゃんがやられっ放しってこともないだろうから、ワタシの胃が休まる世はやってこないのは分かり切っているんだけどね。

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