23 かしまし会議は、カッフェの奥で
「え~、では第一回リィルの進路相談会を始めたいと思います」
現在、ワタシたち三人は最近流行りと噂のスイーツカフェの奥にあるテーブルを囲み、三者三様の様子で顔を突き合わせている。
なんでもアーセムの木の実や樹液を使った菓子やジャムなんかが美味しいと評判らしいが、はっきり言ってそれどころじゃない感じがしています。
「……私のお姉ちゃんなのに、私のお姉ちゃんなのに、私のお姉ちゃんなのに……」
さっきからゼタさんは重度にヤンデレ入ってて、もう何を言っても聞こえていない。
ぶつぶつぶつぶつと口の端から永遠と漏れ出してくるのでは思う程、同じ言葉を繰り返し吐きだし続け、牢屋の中に居たリィルと同じぐらいに暗い影を背負っている。
その癖にその影から覗く瞳はギラギラと尋常じゃない輝きを湛えていて目を合わせるのも恐ろしいので、なるべく視界の端の方に映るか映らないかぐらいのところで調整しておく。
いや本当に、属性盛りすぎだと思うんですよ。
――ヤンデレズ巨乳獣人ふたなりっ娘、って。
ニーズに応えようとするあまりニーズを明後日の方向に振り切ってしまった感じだ。
それに加えて……。
「ど、どしようぅ。う、ううん、アミッジ君のことは嫌いじゃないし。
む、むしろ小っちゃい頃からお互いのこと知っているから、良いとこも一杯知ってるし。ああ、でもぉ」
リィルはリィルで薔薇色に染まった頬を両手で押さえながら身悶えていて、さっきからエルフ耳がピコピコ落ち着きなく動いたり、へにゃへにゃと下を向いてみたりと、感情を表現するのに忙しくてワタシの話なんてこれっぽっちも受け取ってくれていないのは明らかだ。
――ああ、シリアスが落ち着いてもワタシの気苦労は消えないんだね。
胃に代わって痛み出した頭を労わるよう両手の指でこめかみを上に下に揉んで、どうにか落ち着いてみようと思っても、痛む場所が代わっても現状が変わる訳ではないので誰かどうにか助けてくれませんかね?
「ねっねっ、どう思う? イディちゃん!」
(いや、知りませんがな……)
言いたいことも言えない人生ですわ。
いや、言いたいことなんて滅多に言えないのが普通なんですよ。これはワタシがヘタレだとかそういうことじゃなくて、誰だってそうであるに違いない筈ですよまさしく。
両手を胸の前で握りしめながらズイッと赤い顔を寄せてくるリィルに突き放すようなことが言える筈もなく、いやもしそんなことを言おうものならその脇でさらに目の輝きを強めたゼタさんが何をするか。
ここはいつものように秘技・愛想笑いで切り抜けるしかない。
「ははは。えっと、【私に振って】どうだろう? ワタシはアミッジさんのことよく知らないし、【私に、振って】そもそも口を出せるような立場じゃないっていうか……。【わ・た・し・に、振って!】ゼ、ゼタさんはどう思います?」
――いや本当に勘弁してください……。
もうゼタさんの目がうるさ、いやいや恐ろ、でもなくて必死になって訴えかけてくるのに、それを無視できる程ワタシに胆力がある筈もなく。
嬉々として会話のボールを献上するしかなかった。
「そうですね! 私は良くないと思います!」
それはもう、満面の笑みだった。
ゼタさんはさっきまでのおどろおどろしい気配など微塵も感じさせず、未だにもじもじとまごつきながら弱々しく下がった耳を指で弄っているリィルにズイッと詰め寄った。
「そもそも? さっきの台詞だって芝居掛かっているというか、臭いというか。
昔にした宣言にかけてああ言ったんでしょうけど?
話を知らなければただのストーカー宣言ですよ」
「えぇ、でもあれはハイッ! ワタシもそう思います!」
「……フフッ。ほら! イディちゃんも同じ意見みたいですよ」
――ごめんなさいアミッジさん。ワタシは、死にたくないッ!!!
一世一代、漢の大勝負(告白)を無下にはさせまいと反論を試みた瞬間、餌を前にした空腹の猛獣のような眼光に晒され、ワタシは反射的に賛同の声を上げていた。
どうなってるんですかね、本当に。
敵意や害意を持たれなくなるんじゃなかったのか、いやこれはもしやそういった類いのもではないとか、でも最後まで反論を言おうものなら頭からゴリゴリと丸齧りにされる未来しか見えなかったんです。
だから、きっと誰もワタシを責めない筈さ。
「それにいくら幼馴染だからと言って資金などの必要な用意もなく、ましてや恋人でもない人に全部吹っ飛ばして公開プロポーズとか、ちょっと常識がないんじゃないかって疑います」
「ああ。それまぁ……、確かに」
こればっかりはちょっとアミッジさんを庇護できない。
いやでも、惚れた幼馴染がリィルみたいに通り過ぎた人が十人いたら十人振り返るような美人で、自分の店を一人で切り盛りできるぐらい有能で、誰にでも気さくに話しかけられるような人懐っこい人だったら、そりゃあ男からしたら気が気じゃないのは当たり前だ。
アミッジさんが意図してやったかどうかは分からないが、ああやって周りにまで宣言するようなことをしたのは一種の牽制みたいなものだろう。
それを思うとあまり非難も出来ないというか、気持ちが分かるからこそよく頑張ったと拍手を贈りたいというか、でも彼は今頃ベッドの上で自分の仕出かしたことに顔を真っ赤にしながら頭を抱えて転げまわって身悶えているだろうと思うと、むしろイイよね。
「……ゼタはさ。アミッジ君のこと、嫌い?」
ワタシが恋に悩める若人の姿を想像して心の中でニヤニヤしていると、リィルが上目遣いにゼタさんのことを覗き込んだ。
その心持ち心配そうな瞳にゼタさんは「ゔっ」と小さく呻き声を漏らしながら少しだけ仰け反ると、大人に心の底を見透かされてしまった子供みたいにちょっとだけ目を逸らして拗ねたように唇を尖らせた。
「その聞き方は、ズルい。お姉ちゃんの為にあんなに懸命になれる人のこと、嫌いな訳、ないじゃないですか……」
「そっか。良かったー。幼馴染と妹が仲悪いんじゃ、居心地良くないもんね」
そうやって朗らかに笑って見せたリィルにゼタさんの唇はますます尖がっていって、顔を完全に横に向けて腕まで組んで、全身を使って徹底抗戦の構えを取ってしまった。
「でもやっぱり、そうなんだよね。
あれって、その……、やっぱりプロポーズだよね?
しかもあんなに大勢の前でなんて、んふふ。ちょっと恥ずかしかったけど、ああでもなんかやっぱり、んふふふ~」
しかしそんなゼタさんの様子には触れもせず、先程のアミッジさんの姿でも思い出しているのか、自分の言葉でなにやら確信を深めていく度にトロトロとリィルの表情は蕩けていって、エルフ耳が鳥の羽みたくぱたぱたと忙しなく動いてふわふわと浮ついた気分でどこかへ飛んでいきそうな顔になっていた。
それを前にしたゼタさんが今度は頬をパンパンに膨らませて山羊の癖に栗鼠みたいな顔で涙目になってしまい、指で突っついてやりたくなったが、そこまでの仲でもないしやったらやったで泣かれそうなので自重しておいた。
「……だけど、そうだね。アミッジ君の想いは、受け取れないかなぁ」
しかしそれも束の間のことで、リィルの表情が現実的な重さを取り戻すとしんみりとした空気が流れてきて、抗い難い誘惑にテーブルの下で震えながら立てていた人差し指を、そっと戻しておいた。
「リィル……」
「あっ! 勿論今はって言うだけで、将来的には分かんないし。
そりゃあ私だって嬉しいけど……、でもやっぱりこんな身体じゃ、まだちょっと怖いんだ。だから、イディちゃんがそんな悲しそうな顔することじゃないよ」
――ええ勿論、この表情はリィルのことが心配だった故です。いや本当に。
リィルの寂しげな苦笑にワタシも小さく笑みを返してこの話はここまでと打ち切ろうとしたところで、ゼタさんがガタッと音を立てながら椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がった。
「……お姉ちゃん。ま、まさか! どっ、どこか具合が悪いんですか!?
びょびょびょっ、病気とか!?! だとしたらお茶なんてしてる場合じゃ、早く病院に! いや、魔術院の方が!?
ととにかくこんな、のんびりしてないでっ!」
「ちょっ、ゼタ。落ち着いて! そう言うんじゃないから、大丈夫だから!」
「お姉ちゃん死んじゃヤだぁ~!!!」
混乱の極みに達したぐるぐる目からボロボロと涙を零しながら縋りついて嫌々と駄々を捏ねるように首を振っているゼタさんと、それをなんとか落ち着けようと頭を撫でたり背中をポンポンと叩いたりして宥めすかしているリィルを余所にワタシはスッと静かに立ち上がり、これから起こることに心を落ち着かせて対応しようと瞳を閉じる。
そして、――その時は来た。
「……お客様。店内ではお静かにお願いします」
――はい。誠に申し訳ありません。
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