第40話 二度目のレベルアップ

 駄目だ! 行ってはいけない。チュリスのお父さんまで死んだら、2人を同時に生き返らせることはできないのだから。


 しかし僕がここで声を上げればチュリスの母とおばあさんまで犠牲になる。チュリスの母は自らの口を両手で押さえ、死地に赴く夫の姿を目に焼き付けるように震えながら見ている。彼女の夫は愛する家族を、そして居候の身の僕のために命を捨てようとしているのだ。


 弓を持つ兵士が狙いを定めている。

 そして、一斉に弓矢は放たれた。


「やめろぉぉぉ――っ」


 僕は思わず叫んでしまう。

 それは後先を考えない愚行。

 置かれた立場や状況に耐えられないがための逃避行動。


 僕は――


 チュリスのお父さんの決意を無に伏したのだ。


 20本の矢が音もなく彼に向かっていく。


 死を覚悟したはずの彼は、矢が突き刺さる寸前になってようやく広げた腕を引き、身を縮こませる。


 その刹那――


 チュリスの父の前に立ちはだかる黒い影。

 刃物が空気を切り裂く音。

 次々に矢の破片が左右に散らばって、地面に落ちていく。


「ウサーギ狩りに軍隊が出動とは、幾分大げさすぎるでござるな!」


 それはいつもの黒装束姿のカルバスだった。両手に短刀を構え、馬上の武将に向かって静かに言った。


「ウサーギ族はこのモフモフの毛皮がたまらないのです。ですが人間による乱獲により数が減って、現在では狩猟が禁止されているのですっ!」


 その声はカリン。彼女はいつもの黒装束姿で、チュリスのお父さんを後ろから抱え込み、頭と耳をなでなでしながら静かに言った。

 お父さんは白目を剥き、半ば気を失っている状態らしく、彼女になされるがままという感じでぐったりしている様子。


そのとき僕の背後から木々が揺れる音がして――


「ユーキさま……」


 それは少し成長したフォクスの声。獣耳族の魔人は成長が早いと聞いていた通り、この数日で獣耳幼女から獣耳少女になっていた。


 そして獣耳少女の隣には――


「ユーキ――」


 涙でぐちゃぐちゃな顔のアリシアが立っていた。

 様々な思いが交錯し、気づいたときには僕はアリシアを抱き寄せていた。


「ちょっ、ゆ、ユーキ……いきなりどうしたのよっ」


 アリシアの戸惑いには気づいているけれど、僕はアリシアの名を連呼している。


「ね、ねえユーキ、確かにアタシたち結婚しているけど、まだ……」


 アリシアにはこれまでも何度も怒られ、半殺しの目に遭ってきたけれど、今はどんな仕打ちを受けても構わない。情けない僕を思いっきり叱ってほしい。


 でも……


「うん、そうね。ユーキは独りだったんだもの……アタシにはカリンとカルバスがついていてくれたけれど、ユーキは独りぼっちだったんだものね……よくがんばったと思うわ」


 僕の頭にアリシアの暖かな手が置かれた。


「ユーキ、あなたまた何かで迷っているでしょう? あなたは魔族の救世主、そしてアタシの旦那様なんだからその決断はゼッタイなんだからね!」


 屈託のない笑顔でアリシアがそう言った。


「アリシア、僕はやはり依怙贔屓の権化みたいな存在だ。この村の魔獣たちがどんどん殺されている今、僕はチュリスの命だけを助けたいと思っている。この子が死んでいくことを認めたくはない。だからこの子には生き返ってもらう。そのために僕の魔力が尽きて、キミ達の支援ができなくなるかもしれないが……」


「それがユーキの選択なのね! ユーキらしくて最高じゃない!」


 アリシアのその言葉を聞いた瞬間に、僕の目から再び涙があふれて止まらなくなった。彼女は僕のことをこんなにも褒めてくれ、認めてくれている。そんな彼女のことが僕は――


 ドキンと胸が高鳴る。


「パンパカパーン! おめでとう、またレベルがあがったげろよ!」


 いつの間にか僕らの足元にいたルシェが興奮気味に言ってきた。

 最初のレベルアップはアリシアの濃艶な姿に興奮したとき――

 では今回は……?


「やったげろー、ヤッホーっ」


 ぴょんぴょん跳びはねて興奮状態を続けているルシェ。

 僕とアリシアはしばらく呆然と見ていたが、


「何だかよく分からないけど、アタシもカルバスたちの加勢に行ってくるわね」


 アリシアが双剣を構えて跳ねていく。

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