第41話 チュリス生還

 アリシアと入れ違うようにカリンが近寄ってきた。

 彼女はまるで大きなぬいぐるみを運ぶように、チュリスの父を運んできた。


「ユーキ様、ウサーギの皮を一人占めは許されないのですよっ!」


 それは彼女なりのジョークなのだ――と信じたい。

 カリンはチュリスの父を僕に押しつけるようにして、戦闘に復帰していく。 


 チュリスの父と母は互いの無事を確かめ合い、僕の目の前で抱き合った。

 2人は長い耳を垂らし、目からは涙がぽろぽろ流れている。


「フォクスはウサーギ族の言葉を話せるのかい?」

「えっと……少しだけなら話せるでちゅよ?」

「なら、この娘の家族に少し離れるように言ってくれ!」

「はい、わかりまちた!」 


 既に呼吸が止まり、心臓も動きが止まったチュリス。

 ついさっきまでは笑顔を見せてくれていた可愛いチュリス。

 僕の命の恩人。

 今度は僕が助ける番だ。


 アリシアの角で出来たペンダントを握りしめる。


 前回この魔法を使ったのは魔王城でエレファンさんを生き返らせたとき。魔力全てを消費し尽くし、数日間の意識喪失を伴う大量の魔力を消費してしまう強力な魔法。


 あの頃から2段階もレベルアップしているとはいえ、無事で済むとは思えない。


 そうなると、後のことはアリシアたちに身を任せるしかない。

 でも、アリシアはそれを『ユーキらしい選択』と言ってくれた。


 よし、全身全霊でこの術を成功させて見せる!



「我は悪魔ルルシェに選ばれ魔王の娘アリシアに認められし者ユーキなり……斬首の悪魔のもとに向かいし……漆黒の闇より蘇れ……【デス・スクリプト・ブレイク】」



 僕とチュリスがいる空間がぽっかり抜かれたように闇が広がっていく。


 続いて雷のような放電作用が発生。


 エルフによる結界が張られているはずの上空がぽっかりと二つに割れ広がり、空を覆っていた雷雲が滝のように下層へと流れ落ちていく。


 森に生息する鳥は一斉に羽ばたき、小動物たちは逃げていく。


 チュリスの家族は怯えて耳を抑えてうずくまる。

 それをフォクスが小さな腕をいっぱいに伸ばし、後ろから被さっている。


 チュリスの身体へ向けて稲妻が走り、僕の体と共に打ち貫いた。


 歪みゆく世界のなかで、視界が暗転していく。


 意識が体ごとゆっくりと泥の中に沈んでいくような感覚。

 もう何も見えない。

 もう何も感じない。

 何も……


 いや、僕はまだやれる!


 ほんの僅かな足の先の感覚を手繰り寄せるようにして踏ん張る。

 すると地面の感触が戻ってくる。

 足裏からふくらはぎ、そして頭のてっぺんまですべての感覚が戻ってきた。


 ずっと僕の意識を支えていてくれたものが左手の中で赤く光っている。

 アリシアの角のかけらから作られたこのペンダントに助けられていたのだ。


「死者生還の魔法を二度目にして完璧に使いこなすそのセンス、そして第3レベルにしてその魔力量とは、やはりワレの見立ては間違えではなかったゲロよぉぉぉ――」


「ルシェ……じゃあ、デス・スクリプト・ブレイクは成功したということだろうか?」


「当り前でゲロ。ほら、その魔獣はもう目を覚ますゲロよ!」


 チュリスの指先が微かに動き、ゆっくりと瞼が開かれる。


 チュリスの両親とおばあさんが駆け寄っていく。

 そして、チュリスに抱きつく寸前で3人は目を見合わせて止まった。


 3人は僕の顔を遠慮がちに見上げてきた。


「えっ!? 僕に気を遣っているのかい?」


 まったく……なんてウサーギ族は優しくて気配り上手な魔獣なんだ。

 僕がにっこり微笑んで頷くと、3人は声を上げてチュリスを抱き上げた。


 チュリス本人はまだ自分が生きているのが信じられないという呆気にとられた表情をしているが、僕と目が合うとほんのり頬を赤らめて微笑んだ。


 よかった。

 もう大丈夫そうだ。


「フォクス、後のことは頼んだぞ!」

「はい、かしこまりましたユーマちゃま!」


 僕は坂を駆け下りていく。

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