第31話 異文化交流

 川の水面に月明かりが反射して、青く幻想的な風景が広がっている。川岸の草むらからは淡い光を放つ昆虫が飛び立ち空中をゆらゆら漂っていた。川の中央に中州のように切り立った大きな岩があり、その近くに浮かんでいる2体の白い生物が――


「おじょ……ま、そ……そ……からだ……あら……ませんか……」


 言葉をしゃべった。

 カリンそっくりの声で――


「そうね、アタシ久しぶりの開放感ではしゃぎ過ぎちゃったわ! じゃあカリンお願いするわっ!」


 2体の白い生物は岩の平らな部分に上がり、なにやらごそごそと始めた。


 うん、これはもう誤魔化しようがないね。

 僕はアリシアとカリンの裸を見てしまっている。

 遠くだからとか、岩の陰だからとか、暗かったからとかの言い訳もできないほどにはっきりと見えている。

 アリシアが腰の付近まで垂れた銀色の塗れた髪を手で持ち上げると、細くてか細い首筋から腰のくぼみまでのラインがはっきりと見えた。その手前にカリンの背中が見え、スポンジの様な物をアリシアの肩に押し当てた。カリンは肩までのショートカットの黒髪で、アリシアと比べるとお尻までのラインはまだ幼さが残る感じだ。

 青い月明かりに照らされたこの美しい景色とともに僕は永遠に忘れないだろう。


 ふふふっ……

 罪悪感もここまでくると何やらすがすがしさすら覚える。


 そんな僕ののど元にひんやりとしたものが突きつけられた。


「一度ならずと二度までも……キサマはこうまでして我が妹をのぞきたいのか! これだからキサマには2人の行き先を伝えなかったのであるが、それが裏目に出てしまうとは……キサマにはもう死んでもらうしかないようだなぁ!」


 背後から短剣を僕の喉に突きつけ、カルバスが低い声でそう言った。いつもは『ユーキ殿』と呼ぶのに今回はキサマ呼ばわりされてしまっている。どうやら彼は妹のこととなると見境がつかなくなる性分のようだ。


「カルバス……キミの妹はあそこで何をしているんだろう?」

「……キサマ命乞いでもするかと思えば何を言い出す? カリンはアリシアお嬢様のお背中を洗って差し上げているが……それがどうした!」

「スポンジみたいな物を使っているけど、あれは……」

「植物の実の繊維だな。肌に優しく高級品とされている。……で、それがどうした!」

「いや、泡が立っていないみたいだけど、石けんとかは使わないのかなと思って……」

「ん? キサマら人間共は体を洗うのに石けんなどを使うのか? 我ら魔族は常に新鮮な水でゴシゴシ洗うだけなのだが……」


 カルバスの短刀が僕の喉から離れた。


「そんなにゴシゴシ洗うと肌が赤くなっちゃうよね。ほら、アリシアの身体が……」

「えっ!? そんな馬鹿な! ……ほら、良く見て欲しいでござるよ。アリシアお嬢様のお体は赤くなどはなっておらぬ。透き通るような白い肌を保っておいででござるよ!」


 カルバスが身を乗り出して2人の様子を確かめ、大きめの声を上げた。

 

 すると案の定――


「な、何者――!?」

「えっ、ど、どうしたのカリン? 誰かいるの!?」


 2人がこちらを振り向いたときには手で胸を隠していたけれど、その寸前に僕は2人の胸の大きさを確認してしまった。つい見てしまうのは仕方がないことなのだ。僕らは岩の上に腹ばいになって身を隠した。

 


「お嬢様、すぐに服をお召しになってください! カリンはくせ者を今すぐに――」


 バシャンと水に飛び込む音が鳴る。

 とてもまずい状況だ。


「ダメよ、カリン! あなたも服を着なさい!」

「くっ――! 分かりました。すぐに!」


 急ぐカリンを意外と胸が大きかったアリシアが引き留めた。

 僕らの命はなんとか首の皮一枚がつながった。


「どどど、どうするでござるか? このままでは拙者までものぞきの下手人に……カリンはともかくアリシアお嬢様の裸体を見てしまった拙者は……なんと申し開きをすればよいのやら」


 カルバスは、まるで世界の終末を迎えたような狼狽うろたええようを見せている。対する僕はこれを好機に攻勢をしかけていく――


「よく聞けカルバス! この場で捕まったら僕らはお終いだ。しかしこの場から立ち去れば何もなかったことにできるぞ! それで全て解決だ! どうだ!?」

「そそそ、そんなことを? それではカリンとアリシアお嬢様に嘘をつくことに……それは裏切りであり不誠実だ!」

「大丈夫だよ、カルバス……。人間のことわざに『嘘も人の為ならついて幸せ』というものがある。キミの妹もアリシアも、僕らに裸をのぞかれたことなんて知らない方が幸せなんだ! そして僕らもそうだ! みんな幸せ!」


 なんだか何処の国の人だか分からないような言い回しをしてしまった。

 でも、僕の熱弁がカルバスの固い心を動かしたようで……


「そ……そうかもしれぬな……よし分かったでござる! この件は拙者達だけの秘密と言うことにしておくでござる」

 

 僕は純真な魔人をまた1人良からぬ方向に導いてしまったのかも知れない。しかしこれも人類と魔族との異文化交流の一つと考えれば、少しは気が楽になるというものだ。

 僕らはそろりと後退し、大きな岩から降りていく。

 これで全て丸くおさまった。

 フラグのようなことを心の中でつぶやいたのがいけなかったのだろうか。


 突然、岩の向こう側からアリシアたちの悲鳴と、バシャバシャという激しい水の音が聞こえてきたのだ。

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