第29話 憎悪と恐れの視線
「フォクス……ユーキ殿に守られている其方の姿をアリシア様に見られると魔獣よりも恐ろしい目に遭うでござるよ!」
村人姿のカルバスが剣を懐にしまいながら見下ろしていた。
一度は死を覚悟した僕とフォクスは、村人の手伝いという名の労働から帰ってきたカルバスによって九死に一生を得たのである。僕らはカルバスが倒した魔獣サイエーナの返り血を浴び、傍らには息絶えた魔獣の体が横たわっていた。
カルバスの言葉をうけ、僕に覆い被さられて仰向けになっているフォクスが真っ赤な顔で『きゃぁ!』と悲鳴を上げて、僕を突き飛ばした。言葉は幼女とはいえ、体は少女なフォクスの突き飛ばしはそこそこパワーもあり、僕は体2つ分ぐらい飛ばされた。
空中を舞っていたときに魔獣の
「ピノ! 心配したんだよぉ-、無事でよかったわぁー」
「ママぁぁぁー!」
大きな木の下で、ピノは母親と姉に抱擁されている。ピノの両親と姉もカルバス達と一緒に戻って来ていたようだ。母親がピノを抱きしめ、ピノの姉は優しく頭を撫でている。まさに理想的な親子という感じだ。
その様子を見ている僕らに気付いた父親がこちらに歩いてくる。
「また貴方達に助けられたようで……本当に何と言って感謝すれば良いものやら」
「あ、いえ、そんな……」
「拙者はただの成り行きで……」
ピノの父親はカルバスと僕の手を交互に握って感謝してくれているけれど、カルバスはともかく僕はほとんど何もしていない。カルバスも人に感謝されることなんて生まれて初めてのことなんだろう。たじたじだ。
しかし、ピノの発言がこの場の空気を変えることになる――
「あのね、きちゅねのおねえちゃんにピノ、いっぱい遊んでもらったんだよ?」
ピノが指さしていた方向には、魔獣の返り血を浴びたフォクスの姿。
まずい! 魔獣から僕を庇おうとしたとき、獣耳を生やした本来の姿のフォクスをピノに見られてしまっていた。
「ピノ……。あの黄色いシャツを着た女の子がキツネって……?」
「ちゅごかったんだよ? おねえちゃんお顔を真っ赤にして火をふいたんだよ!」
「火を……噴いた……?」
ピノの母親がフォクスの姿を凝視している。今のフォクスはどこからどう見ても人間の女の子と見分けは付かない。しかしピノは魔獣に火を噴く獣耳姿のフォクスを見ていたのだ。
「あ、あんたたちは……ひょっとして……魔人か?」
つい先刻までは友好的だったピノの父親の表情は陰り、一歩そしてまた一歩と後退していく。それはまさにケダモノを見るときの目――それが人間の僕にも向けられている。
「おい、子供達を連れて家へ入っていろ!」
ピノの父親がピノ姉妹と母親に指示をし、自身もスコップを構えて後退していく。
初めて向けられた憎悪と恐れの視線に僕はただ立ち尽くしていた。
そうか。
僕は……
魔族になったんだものな。
こんなことは……
これからいくらでも経験することなんだ。
「ちょっと待ちなさいよ――――!!」
アリシアが叫んだ。
「アタシたちはどう思われてもいいわ! でも、ユーキはアンタ達人間を助けようと頑張ったのよ? ちょっとは感謝しなさいよ! そうじゃないとユーキは何のために……何のために……」
アリシアは言葉に詰まり下を向いた。
僕が彼女の方を見ると、顔を背けられた。
まるで僕に泣き顔をを見られたくないような感じで。
ピノ一家にその声は届くことなく、彼らは勢いよく扉を閉め、鍵がかかる音がした。
「ユーキちゃま……ごめんなさい……わたちが悪いのです……どんな罰でもうけまちゅです!」
「ユーキ殿! ならば拙者にも罰を。一足早く戻ってきたらこのようなことには……」
「お兄様は悪くはありません! カリンが……カリンが人間共の炊き出しを御代わりなどせずに戻って来ていさえすれば……」
フォクス、カルバス、カリンの3人が僕の足下に
『最果ての村』と書かれた手書きの看板の脇を通り過ぎるまで僕らは終始無言だった。だから、ルシェのペタン、ペタンというジャンプ音がとても良く聞こえてくるのだ。こういうときは僕から皆に話しかけるべ気なのかも知れない。でも、何と声をかけたら良いのかが分からない。でも……
「皆、寄り道に付き合ってくれてありがとう! これからも僕の我が儘で皆に迷惑をかけてしまうかも知れないけれど……これからもよろしくお願いします」
僕は思いきって皆に声をかけた。
「そうね、考えてみればこの旅自体がユーキの我が儘から始まったようなものだわ! アタシたちがそう気に悩むことはないのよ!」
アリシアがぱあっと明るい顔になってそう言った。
「そうですね。拙者達が悩むことなど何一つないですな!」
「変わり身の早いお兄様も素敵です……」
「ユーキちゃまの我が儘に応えるのがメイドのちゅとめでちゅ。何なりとお申し付けくだちゃいです!」
他の3人もそれぞれに雰囲気を変えてくれた。
「さあ、冒険の旅へ出発よ!」
アリシアの三度目となる号令で、僕らは最果ての村を出発した。
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