第28話 魔王の娘のキスは加護の証
魔獣サイエーナ。
通常10から20頭の群れで死肉を漁る別名『草原の掃除屋』だ。
特徴は鎧のように硬い体に鼻の先に付いた三角形の
鋭い牙と頑丈な奥歯で死肉を骨ごとかみ砕くという。
「きっと広場での死体の臭いを嗅ぎつけて来たのね!」
アリシアはそう呟きながら空中でバランスをとって着地の準備に入る。
走った方が早い程度の距離をハイジャンプしたのは魔獣の様子を探るためか?
僕とアリシアはフォクスとピノの近くに着地した。
とは言っても、僕は盛大に地べたに体を打ち付けてしまったのだが……
アリシアはスカートの下から取り出した三日月型の片手剣2本を両手に構える。
魔獣サイエーナとの接触まであと三十数秒。
「フォクスはその人間の女の子を守って! アタシとユーキは魔獣をここで食い止めるから!」
「はっ、はい。わかりまちたですっ! 逃げるのでちゅ、ピノちゃん」
「……もしかして、アリシアは村人の為に戦ってくれようとしている?」
「ユーキがそれを望むなら、アタシは何でもする。そう決めたから――魔族の王・魔王の娘のアタシの加護を受ける人間なんてこの世界でユーキだけなんだからね?」
アリシアは双剣を後ろ手に回し、背伸びをして――
僕のおでこにキスをした。
僕が呆然と立っている間に、フォクスはピノの手を引いて道ばたの大きな木の裏に身を隠した。そしてアリシアは剣を構え直して魔獣に迫っていく。
先頭の魔獣サイエーナが頭を低くし鼻先の大きな角で突こうとするが、アリシアの双剣が角の根元に食い込み、そのまま額を切り裂いていく。
2頭目の前足を水平斬りし、魔獣の巨体がバランスを崩して前のめりに倒れ込む寸前にアリシアは魔獣の体に飛び乗り更にハイジャンプ。体をひねり3頭目を双剣で滅多斬り。その勢いのまま4頭目も仕留める。
す、すごい気迫と強さだ。
流石は魔王の娘。
しかし相手は魔獣サイエーナの群れ。まだまだ序盤戦に過ぎない。アリシア1人で勢いよく突進してくる魔獣を1頭残らず仕留めていくことは不可能だろう。
僕には何ができる?
考えろ!
僕はアリシアの角の欠片で作られた黒いペンダントを左手に握る――
「おめでとさん! オマエの魔導書にアリシア固有の術式が加えられたげろよぉー」
ルシェの声が聞こえた。
ルシェはフォクスとピノが隠れている道ばたの大きな木の下にいた。
「ただし、今のオマエの魔法耐性力で使いこなせる術式は少ないげろよぉー。これから鍛錬の必要があるげろなぁ-。ざんねん無念げろよぉー」
「そ、そうなの? 今の僕では戦えないの?」
「そうげろなぁ……魔獣1頭と相打ちになる覚悟があれば何とかなるげろか……」
それは困る。
「あとは魔獣の動きを一時的に邪魔する闇魔法げろなぁ……」
「それだ――!」
僕はペンダントを握り、『闇魔法』『暗闇』を念じる。
すると、目の前に白い文字が浮かんで来て――
「我が名はユーキ、いま、悪魔ルルシェと魔王の血族アリシアの加護の下、我が身を暗闇の悪魔に捧げる――【ダーク・リージョン】」
右手をアリシアに迫る魔獣に向けて詠唱すると、人の頭ほどの大きさの魔獣サイエーナの眼球に暗闇の空間が出現する。だか、その効果は片目だけであった。
「――ちっ! 使えない!」
しかし、アリシアが僕の方を向いてニコリと笑った。
片目が見えない魔獣の死角に入り込み、腹の下の比較的柔らかそうな部分をスパッと切り裂き、次の魔獣に迫っていく。
アリシアはまた僕を見て、右の剣をぴくりと動かす。
それが彼女の合図と判断した僕は――
「【ダーク・リージョン】」
魔獣の右眼球に向けて魔法を唱える。
死角に入り込んだアリシアがまた腹を切り裂く。
その先に待ち構えていたように2頭の魔獣が上から同時に迫ってくるが、上空にハイジャンプして逃れたアリシアは、体を素早く回転させて背中を斬る、斬る、そして斬る。魔獣サイエーナの固い背中もアリシアの連続回転斬りには敵わない。
「やるじゃない、ユーキ! その術はアタシがお父様に最初に教わった闇魔法よ!」
アリシアは嬉しそうに話しかけてきた。
魔獣サイエーナの群れのほとんどを倒し、余裕が出てきたのだろう。
僕もアリシアの圧倒的な強さに気が緩みかけていた。
残りはあと4頭――
アリシアは三日月型の双剣を構え、ジャンプする。
空中から回転斬りで仕留めるつもりなのだろう。
しかし――
魔獣サイエーナが後ろ足で立ち上がり、鼻の上の角でアリシアを突いた。
アリシアの身体は宙を舞い、放物線の軌道を描いて道ばたの草むらに突っ込んだ。
「アリシアぁぁぁ――!」
僕が思わず叫び声をあげると、魔獣サイエーナの目標が僕に切り替わってたようで、3頭が突進してくる。
「ユーキちゃま!」
為す術無く立ち尽くす僕の前にフォクスが飛び出た。
彼女は獣耳を生やし尻尾の毛が逆立ち通常の3倍に太くなっている。
「お二人をお守りするのはメイドの勤めでなのでちゅ!」
フォクスのまん丸に膨れあがった顔から火が吹き出す。
火の勢いに怖じ気づいた先頭の魔獣の動きが止まるが、残りの2頭はそのままの勢いで突っ込んでくる。
まん丸の目を見開き固まるフォクス。
僕はフォクスを抱きしめて地面に伏せる。
「ユーキちゃま……ごめんなさい……」
フォクスは覆い被さる僕の下で身を固く縮こまっている。
こうして伏せていても魔獣が素通りしてくれる訳がない。
そんなことは分かっているが、少しでも可能性があるなら……
魔獣に突進されるその瞬間――
どしゃりと生暖かい液体が上から降ってきた。
続いてドシンという地響きとともに魔獣が倒れた。
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