第23話 さあ行こう、冒険の旅へ!

 城のエントランスホールでは、出発準備を終えたメンバーの最終確認が行われている。アリシアの護衛役として剣豪カルバスともう1人の小柄な黒装束の人が選ばれ、荷物運びと身の回りのお世話役としてフォクスが選ばれていた。


「フォクス、お嬢様にご不便をおかけしないよう、くれぐれも気遣いを忘れるのではありませんよ?」

「はい! 精一杯がんばってくるです!」

 ウォルフに肩を叩かれたフォクスは、茶色いフサフサの尻尾をぴんと伸ばして元気よく答えた。

 最初はなぜ彼女が選ばれたのか不思議だったのだが、フォクスは獣属性特有の変化へんげの術を使って人間の姿に偽装できるらしいのだ。しかも魔法とは異なり、通常の魔法使いでは見破ることはできない。さらには、人属性の魔人であるアリシアとカルバス、そしてもう1人の小柄な黒装束の人の頭に生えている角を一時的に見えなくすることなんかもできるという。ただ問題は――


「うーん、うーん……」


 大きな荷物を背負うとして頑張るも、立ち上がれないで四苦八苦している。大きな茶色い耳が後ろに垂れ、歯を食いしばるもなかなか立てないようだ。


「いいよいいよ、半分僕が持つからさ」

 すると、ぱあっと明るい表情に変わり、

「ユーキちゃま! ありがとうございますです!」

「ユーキ様というお方は、アリシアお嬢様だけでは飽きたらずこのような子供にも手を出そうという魂胆でしょうか……!?」

「えっ!? ええー! ちがうよ違う! そんな下心は……」

 口に手を当てて後ろに下がっていくウォルフの誤解を解こうと必死な僕を見て、アリシアは笑っていた。良かった……これはただの冗談だったのか……


 うーん、しかし魔族と人間の感覚の違いを早い段階で埋めていかないとこの先が思いやられる。


「ところでさ、皆の格好は目立ち過ぎじゃない? ほら、僕はちゃんとここに来た当時のどこからどう見てもただの村人でしょう? それに引き替え……」


 アリシアは紫色のドレス、剣豪カルバスとその仲間は黒装束、フォクスに至ってはメイド服だ。人に出会ったときにどんな集団だと思われるか想像もつかない。


「それについては拙者が説明いたしましょう――」

 剣豪カルバスがわざわざ僕の背後に回って耳元でしゃべり始める。 

「これより城を出発する拙者たちはまず、森の関所へ向かいます。そこは人間の村が見えるほどに近い場所にありますゆえ、必要な物資はすべて我々の仲間が手配済みなのです。むろん、人間に変装する装備もすべて取り揃えておりますゆえ、ご安心くだされ」

 とカルバスは一息に説明してくれたのだが……

「あの……それって、人間の村から盗んできているということ……かな?」

「とんでも御座いません! 村人と我らは闇協定を組んでおりますゆえ、物々交換などで持ちつ持たれつの関係を長年にわたって築いております。したがってすべて正規ルートで入手しております」

 カルバスの説明は分かりやすいな。闇協定の正規ルートって件が微妙だけど。しかし純朴な魔族の彼らが狡からい村人にいいように騙されていないかどうかが気がかりだ……


「さあ、みんな準備はいいわね? じゃあ冒険の旅に出発よ!」


 アリシアの号令で、僕らは城を出る。

 見送りに来た魔人たちの中にバラチンや長老会のメンバー、そしてエレファンさんの姿もあった。来た当初はどうなるかと思ったが、今やいろんな魔人とも知り合いになって話し相手には困らない。ここが僕の帰る場所と考えてもいいのかも知れない。


 僕らは手を振りながら正門に向かう。


 正門は前回の戦闘での反省を生かし、鉄製の立派なものに作り替えられ、門番も置くようになっていた。大きな2本の角を生やした屈強そうな門番が鉄製のチェーンをぐるぐる回し、扉がゆっくり上がっていく様子を見上げていると――


『ゲロゲロ!』


 足元に不思議生物カエルが僕を見上げていた。


「やあ、また会ったねカエルくん。僕はこれから旅に出るからしばらく会えないけど、元気にしていてね」


 僕はここへ来たときのことを思い出していた。ここでこうしてカエルと話しているとき、ミュータスさん達の声が扉の向こう側から聞こえてきて、次の瞬間に木製の扉が破壊されて僕は腰を抜かしたんだ。それが彼らとの出会いだった。その彼らはもう――


「ワシも旅に連れていってゲロ!」

「うわっ――!」


 不意にカエルに話しかけられ、僕は腰を抜かしてしまった。


「なっ、なに? どうしたのユーキ?」

「かか、か、カエルがしゃべったぁぁぁー!」

「えっ? このカエールがしゃべったというの? ユーキったらまだねぼけているのかしら」


 アリシアはカエールの背中をちょんちょんとつついて笑っている。


「ワシの背中のイボに触るな! 毒液が飛び出すでゲロよ」

「わっ、本当にしゃべったわ! 珍しいこともあるものね。しゃべるカエールなんてアタシ初めて見たわ!」


 アリシアは物事に動じないタイプなのかもしれない。


「ワシの名はルシェ。見ての通り何の変哲もないカエールでゲロ。お前さん達の旅にワシも連れて行って欲しいのゲロよー!」

「どうするユーキ?」

「えっ、僕が決めるの?」

「当り前じゃないの。チームリーダーはアナタなのよ?」

「そ、そうか……」


 アリシアはこんな具合に事あるごとに僕に訊いてくる。彼女なりに何か考えあってのことなのかも知れないけど、時々それが重荷に感じることもあるんだ。


「ルシェ……と言ったよね。もし旅の途中で君が足手まといになるようだったら容赦なくその場に置いていく。それでも良かったら連れて行ってもいいよ」

 僕はきっぱりと断りをいれた。水辺でしか棲めない彼が足手まといにならないわけがないのだから、返答は火を見るよりも明らかなのだ。

 しかし――

「ぐへっ、ぐへっ、ぐへっ!」

 ルシェは気持ち悪い笑い方をしてから、

「ワシがお前さん達の足手まといになるとでも? ふっ、いいでゲロよ。そのときは容赦なく煮るなり焼くなりするがいいでゲロよ!」

「ユーキちゃま、フォクスはカエール料理も得意でちゅよ。楽しみにしていてくだちゃいなのです!」

 フォクスがにこやかに話しかけてきた。

 ルシェは脂汗を流して固まってしまった。


 そうこうしているうちに、正門の扉が開き、


「さあ、冒険の旅が始まるわよ!」


 アリシアはさっきと同じようなことを言って皆を鼓舞した。

 ただそのセリフを言いたいだけなのではないかと僕は思った。


 まずはナマーコの森を抜けなければならない。

 僕はごくりと生唾を飲み込み、歩き出す。


「あのう、もし良ければワシを抱っこして欲しいのゲロが……手足に土埃と落ち葉のカスが付着してしまってゲロなぁ……」


 ピョンピョン跳ねながら一生懸命に付いてきていたルシェがすでに限界を迎えていた。


「仕方がないでちゅね、フォクスが抱っこしてあげるのです!」


 よだれを垂らしながら、フォクスが小さなお手々を出す。そして生唾をごくりと飲み込む音がこちらまで届いてきた。

 ルシェが気持ち悪い悲鳴を上げながら先頭を争うように跳ねていった。





「ここからはジャンプして森を抜けるわ! 行くわよユーキ!」

 アリシアが手を差し伸べてきた。

 ナマーコに噛まれて全身傷だらけになるのがいいか、アリシアのジャンプ力で森の木々の上を飛び越えていくのがいいのか。どちらも選びたくはないけど、速さという点で僅差で後者に軍配があがる。

「よろしくお願いします――」

 僕がアリシアの手を右手で握り返すと、左手にフォクスが掴まってきた。


「うぎゃあぁぁぁ―――……」

「あははは……」 


 森に僕の悲鳴とフォクスの笑い声が鳴り響いた。

 アリシアが森の木の枝に足をかけてジャンプするたびに僕の体は激しく木の枝や幹に叩き付けられる。一方、僕の左手を握っているフォクスは背中の荷物を器用に使って難を逃れている。

 これは認めるしかないようだ――僕は些いささか不器用であると……





 ビバビバが生息する湖の畔――


 ここはアリシアと僕が初めて抱きしめ合った思い出の場所だ。前回はアリシアの護衛の人にナマーコに噛まれた傷の手当てをしてもらったのだが、今回はフォクスに手当をしてもらっている。

「そちらが済んだらワシも手当をして欲しいゲロよ……」

 ルシェはフォクスの荷物にしがみついて、何とかここまでたどり着いたようで、彼も体中に傷を負っていた。オレンジ色の背中から赤い血が流れ落ちているけれど、大丈夫なのだろうか? 

「ねえルシェ、この先も何があるか分からないから……君はもうこの湖で暮らしていけばいいんじゃないかな? 嫌だったら旅の帰りに連れ戻してに来るからさ。どうかな?」

 僕は提案してみた。

 ツーンと鼻をつく薬を塗っているフォクスがちょっと残念そうな表情になったけど……なんでだろう?

「はあーっ? お前何言っているゲロよ! このワシに死ねといっておるのかゲロ?」

「えっ? なんでそうなるの?」

「うふふ、ユーキったらあなた時々面白いこと言うわよね。それぇ――!」


 アリシアがルシェの長い後ろ足を掴んで、湖の水面に向けて彼を投げ入れた。

 すると――

 無数にあるビバビバの浮島から一斉に波しぶきが起き……

 飢えた凶暴生物と化したビバビバの群れが一斉にルシェを狙って飛びかかった。


「なな、な、なにをするゲロかぁぁぁ――!」


 命からがら逃げ帰ったルシェはアリシアに激しく抗議しているが、当の本人は素知らぬ顔で――

「ビバビバの大好物は人間の肉と骨、そしてカエールなどの水棲生物なのよ!」

 と、僕にうんちくを披露していた。




 フォクスによる怪我の治療が終わり、僕らは人間の村との境界にあるという関所に向けて歩き始める。深い傷を負ったルシェは、フォクスが背負うナベの中で大人しくなっているが、このまま食材になってしまわないように気をつけないと。心配事が一つ増えて早速足手まといになっているような気がしないでもない。


 湖の畔を進んでいく、馬車がようやく通れるぐらいの細い山道があった。そこから山道を上り、そして下っていくと、木々の間から山の麓に広がる人間の村がちらちらと見えた。村の中心に川が流れており、その水を利用するために周辺に家々が建てられているような小さな村だ。小規模ながらも農作物も栽培しているようで、自給自足の生活が成り立っているのかもしれない。

 それにしても気がかりなことがある。皆もそれに気付いているようで、村が見えるまでは賑やかに談笑していたのに、急に口数が減ってきていた。僕の顔をちらちら見ていたアリシアが――


「ねえユーキ……アタシ人間の暮らしのことはよく分からないのだけれど……ああやって人間の住む家って……燃やすものなの?」

「そんなことはしないよ。僕ら人間は家を大切にするよ」

「じゃあ……あれは何をしているのかしら?」


 そう、僅か100軒ほどの小さな村のあちらこちらから黒いけむりが上がっている。その数は6カ所――


「火事ですね……拙者達は一足先に関所へ行って情報を集めて参ります。いくぞ!」

「はい――」


 カルバスと小柄な仲間の人が走り去っていく。

 その姿を追いかけるように、僕はアリシアとフォクスと共に先を急ぐ。

 妙な胸騒ぎがする。

 一瞬、アリシアのハイジャンプでひとっ飛びすることも考えたが、その後身動きがとれなくなると元も子もない。


 僕たちは誰からともなく走り始めていた――

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