第22話 初めての……

 始めは皆に嘘をついていることを気にしていたアリシアも、次第に堂々とした振る舞いで皆に笑顔を振りまくようになっていった。そんな彼女の変わり様を見て、僕は少し心が痛かったのだが、これも僕と皆の平和の為なのだと自分を納得させていた。


 アリシアとの『婚姻の儀』も無事に終わり、皆の祝福の嵐が過ぎ去ったころには夕方になっていた。僕らは一先ずそれぞれの部屋に戻ることにしたのだが――


 部屋に入ると、殺風景なはずの僕の寝室には色とりどりの花が飾られ、アンティーク調の家具が所狭しと並べられていた。そして、ベッドが1台増えていた。


「ななな、何ですかこれは……?」


 僕が声を上げると、背後から――

「ユーキ様とアリシアお嬢様の――愛の巣――でございますが?」

「ユーキちゃま、ごけっこんおめでとうござましゅです!」

 獣耳メイドのウォルフとフォクスが返答した。 


 僕が返答に困っていると、通路からドタドタと足音が近づいてきて――

 ドアがバーンと開く。


「あぁぁぁ――ッ! やっぱりぃぃぃ――!?」


 アリシアが部屋に飛び込んで来るなり騒ぎ立てる。


「アリシアお嬢様、この度はご結婚おめでとうございます」

「おめでとうございまちゅです!」


 アリシアの狼狽ぶりとは対照的な獣耳メイドの2人が深々と頭を下げる。


「ちょとあなたたち、どうしてアタシの部屋の家具が全部こっちに来ちゃっているわけ? こんな指示出した覚えはないんですけどぉぉぉー!?」


 アリシアはぶんぶん手を上下に振りながら抗議している。

 頬を赤く染めてはにかんだ様な表情に見えるが、これが彼女の怒り顔なんだろう。


「どうしてと言われましてもお二人は結婚なさったんですよね?」

「――うっ、ま、まあ……そう……なんだけどね?」


 アリシアは両手の指を絡ませてもじもじしている。

 ちらっと僕の顔を見てきたけど……どうしてかな?


「ならば、今夜は大切な『お初夜』でございますよ?」

「おしょーやでごぢゃいますです!」

「にゃッ――――!」


 アリシアは聞いたこともないような異音を発し、顔が破裂するのではと心配するほど真っ赤になって固まった。


「私達魔族の未来のために立派なお世継ぎを産んでくださいね?」

「産んでくだちゃいませです!」

「ち、違うの! じつは――――うぷッ!?」


 僕は慌てて背後からアリシアの口を手で覆った。

 そして、ウォルフとフォクスには聞かせないように――


「この2人に僕らが偽装結婚であることを打ち明けても大丈夫なの? もし長老会にバレたらすべての計画は台無しになるけれど……この2人は口は堅い方なの?」


 と僕が耳元でささやくと、真っ赤な顔のままアリシアが首を振った。

 危ないところだった。寸前のところで情報漏洩を阻止できたようだ。

 僕はホッと胸をなで下ろしていると――


「あらあら、ユーキ様ったら夜までお待ちになれないということでしょうか。せめて私どもが出て行くまでお待ちになってくださらないと……」

「お待ちくだちゃいですの!」

「…………えっ?」


 獣耳メイドの2人が僕らを見てニヤニヤ笑っている。


 別に僕はアリシアの背中に抱きついている訳ではないのに誤解しているのか? 確かに見ようによってはいわゆる若い男女が後ろから『だーれだ?』をしているようにも見えるかもしれないけど――押さえているのは目ではなくて口だ!


 アリシアもそんな誤解を受けたことに腹が立ったのか、ぷるぷる震えだしたぞ?

 僕は危険を察して、ぱっと手を離したのだが間に合わなかった――


 彼女はその場でジャンプして頭の角が僕のあごに命中!

 大股で一歩前進した次の瞬間に、見事な回し蹴りが僕の側頭部に命中!

 僕の体はタンドリーチキンの残った骨みたいにアンティーク調の家具を押し倒していった。


「あわわっ、アタシの鏡台がぁぁぁ、チェストがぁぁぁー!」


 我に返ったアリシアは壊れた家具の破片を手でつなぎ合わせるような動作をしながら涙目になっているけど……彼女の中では僕の序列は家具以下ということになっているらしい…… やがて僕の視界は暗転していった――



 *****



 ――ふと目が覚めると、僕の頭は柔らかいものに包まれていた。


 そっと目を開けると――


「あっ、やっと目を覚ましたのね?」


 アリシアが隣のベッドに腰をかけて僕を見下ろしていた。

 良質の枕と羽毛布団に包まれて、僕は爽やかに目覚めたのだった。


「どのくらい気を失っていたのかな?」

 僕は体中のあちこちに残るダメージを気にしながら起き上がる。

「うーん、ほんの2時間ぐらいかしら……?」

 あごに指を当てて、僕の気絶の元凶であるアリシアが答えた。


 部屋を見回すと、獣耳メイドの2人の姿は見当たらない。しかし、壊れた家具はすで新しい物に取り替えられ、新しくテーブルセットが用意されていた。僕が気絶していた2時間のうちに、いろいろとやってくれたようだ。


「さあ、気を取り直して夕食を食べましょう!」


 アリシアに促されて、僕たちはテーブルセットのイスに座る。

 しっかりとした造りの木製のテーブルとイスは、どことなく僕の実家にある物と雰囲気が似ていているので、ちょっとホームシックにかかりそうになる。

 アリシアが口笛を吹くと、すぐにドアが開き獣耳メイドの2人がワゴンを運んで入ってきた。


「ユーキ様、先ほどは大変な目に遭われましたね。お体の調子はいかがです?」

 ウォルフが食器を並べながら訊いてきたので、大したことはないから大丈夫と言おうとしたのだが、アリシアが――

「ゴホン! ユーキは今夜は安静にしないといけないの。ねー?」

 アリシアが僕と目を合わせながらパチパチとまばたきをしている。

「どうしたのアリシア、目にゴミ――――ぃッ!」

 テーブルの下でアリシアが僕の足を蹴ってきた。

「ユーキちゃま……だいじょうぶでちゅか? どこかまだ痛むのでちゅか?」

 茶色の大きな獣耳を横に逸らしてまん丸お目々でフォクスが心配そうに声をかけてきたけど、主に痛いのはアリシアに蹴られたすねである。

「本日はユーキ様のお怪我のため大切なお初夜が明日に延期となりましたが、せめて精の付くお食事をお召し上がりになって早く回復していただきたく存じます」

「ぞんじまちゅです!」

 獣耳メイドの2人が深々と頭を下げて、部屋を出て行った。


 ドアが静かに閉まったのを見計らって、

「ねっ? うまくいったでしょう?」

 とアリシアが得意満面な笑顔で言ってきた。

「えっ? 何が?」

「ウォルフは長老会の命令で一晩中アタシ達を見張るつもりだったのよ。アタシ達が……あの……その……えっと……」

 アリシアが真っ赤な顔をしてもじもじしている。


 ……あっ! そういうことだったのか!


 何となく気まずい雰囲気になってしまったが、その後僕らは夕食をおいしくいただいた。脂身の多い肉料理だが、魔族の料理は人間である僕の味覚にも合っているようだ。 敢えて何の肉かは訊かなかったのだが…… 


 食事中、僕らは今後のことを話し合った。交易都市マリールへ向けての出発を明日とすること。旅の同行者は少数精鋭とし、人間に扮装できるようなメンバーであること。城の守りが手薄にならないように、主力はメンバーに入れないこと――など。


 本当は僕一人で行くつもりだったのだけれど、『ユーキが逃亡しないようにアタシが監視するんだからぁぁぁ』と言って引かないので、アリシアの護衛役も必要なわけで……とは言っても一番危ないのは僕なんだけどね。




 食事が済んで、獣耳メイドの2人が片付けをしている間、僕はふわふわのソファーにすっぽりと収まって休んでいたのだが――


「――でしたら、就寝時間までフォクスに城内を案内させましょうか?」


 ウォルフがそんな提案をしてきた。僕が城のほんの一部しか歩いたことがないという雑談をしていたので、気を利かせてくれたのだ。

 フォクスはまん丸お目々を僕に向けて、フサフサの尻尾を振り振りしている。


「良いんじゃないかしら? アタシは明日の準備をしてくるから!」


 アリシアは長いまつげのお目々をまたパチパチしているけど……?

 そ、そうか! アリシアはウインクをしようとして両目をつぶっちゃっているのか!



 フォクスの案内で、居住区や兵舎、小さな学校や教会の施設までそろっている城内を見学しているうちにあっという間に夜になった。


 ベッドは別々とはいえ、アリシアと一緒の部屋で寝ることで僕は少し緊張していたけれど、部屋に戻るとアリシアはすでに寝息をたてていた。可愛らしい寝顔を見て、ほっこりとした気分でベッドに入ると、不思議な安心感で僕もすぐに夢の中へ吸い込まれていった。

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