第21話 偽装

 えっと…………


 まずは落ち着こう……


 そして冷静になって考えてみよう!


 まず、アリシアは魔族の危機を救うために悪魔ルルシェに救世主による救済を求めた。それに応じた悪魔ルルシェは僕を魔王城に召喚した。その後、紆余曲折はあったものの、僕は聖剣ミュータスの力を無効化したり、エレファンさんを生き返らせたりして活躍した。でも、魔族の最高機関である長老会は、人間である僕を救世主として認めることはできないと言い出した。けれど、アリシアと結婚して魔族の一員になれば認めてやる――ということか?


「あのう……それって……僕の意志は完全に無視されていませんか?」


「――――ふぇっ!?」


 アリシアが素っ頓狂な声を上げた。僕は長老会の3人に向かって言ったつもりだったが、一番反応したのはアリシアだった。


「ユーキの意志を無視しているって……? だって……ユーキはアタシのことが……好き……なんでしょう?」


「――――ほえっ!?」


 今度は僕が素っ頓狂な声を上げてしまった。

 確かに僕はアリシアのちょっとした仕草に可愛いと感じてきたけど……

 これって好きってことなのか?

 うーん……


 アリシアはそんな僕の反応を見て――


「えっ? あれ? ええーっ!?」


 動揺を隠せないという感じで、口に手を当てて一歩下がった。 


「だって……ユーキあなた……アタシに抱きついてきたり……ベッドに引っ張り込んだり……色んなことをしてきたよね?」

「う、うん。でもそれは成り行きというか間違えというか……」


 僕は頬を掻かきながらそう答えるしかない。


「ユーキは……アタシのことが好きだから……じゃ……なかった……の?」

「そ……それは……」

「あれ? ……ええっ!?」 


 よろよろと後ずさりしていくアリシアはすでに涙目になっていた。


「私がお伝えしたとおりでございますなアリシアお嬢様。人間の男は年中無休で盛りが付いております故に――」


 バラチン! アリシアに余計な情報を流しているのはお前だったのか!


 観衆にざわつきが広がっていく。


 やがて、アリシアの大きなダークレッドの瞳から涙がぽろりと――


『アリシア、もういい。その男をめった刺しにし、悪魔ルルシェ様に返品しようではないか!』


 祭壇上にビリビリとした空気の振動が起き、観衆のどよめきとともに魔王の声が脳に直接メッセージとして届く。魔王は怒りのあまり、戦闘モードのようなうなり声を上げていた。


「ま、待ってくれアリシア!」


 僕はアリシアの肩に手を置いて事情を説明しようとしたが――


 アリシアは僕の手を払いのけ、姿勢を低くして構えた。

 次の瞬間、黒いロングスカートの生地が目の前を通過し、アリシアの回し蹴りが僕の側頭部にヒットしていた。

 身体2つ分ほど飛ばされた僕は意識がぶっ飛びそうになるが、ここで意識を失ったらもう後がない僕はすぐさま彼女の足にすがりつく。


「ちょ、ちょっとぉ、離しなさいよ。この手を離しなさい!」


 アリシアに顔や背中をガシガシ踏まれるが、死んでもこの手は離さない。離したら死んでしまうのだから……


「――守るから! 僕は君たち魔族を守るからぁぁぁ……」

「えっ!?」

 命からがら声を上げる僕。

 僕の意図を察してくれたのか、アリシアは動きを止めてくれた。


「でもその前に交易都市マリールへ妹の安否を確かめに行かせてくれ。そしてカルール村に住む母さんにもきちんと事情を説明しに行く――それが僕の条件だ!」

「なにそれ。そんな条件をアタシたちが呑むとでも?」


 アリシアは長老たちには聞こえないように小声で答えてきた。

 良かった……交渉の余地ありという感じだ。


「それに……ユーキはアタシのこと……好きじゃないんでしょう?」

「好きじゃないとは言っていないよ。好きか嫌いかで言うと好きだけれど、結婚とかはまだ早いんじゃないかな? まずはお友達から始めてみるのは……」

「ダメなの! 今すぐアタシ達結婚しないとユーキの魔族入りの話は消滅するというのが長老会の決定事項なの!」

「今すぐって……僕はまだ15歳なんだ。まだ結婚するには早すぎるって!」

「じゃあ……どうすれば……」


 僕らがひそひそ話をしている間にも、魔王の怒りは続いていたようで斧のような形をした巨大な剣の素振りを始めている。一振りごとに周囲の魔人が飛ばされそうになっていて痛々しいんだけど。きっと、僕がアリシアから離れた瞬間にるつもりなんだろう――離れたら最期だ!


「ねえアリシア、この場だけでも結婚したふりをするのはどう?」

「ええっ――!? そそそ、そんな他者を騙すようなことを……!?」


 僕の提案を聞いたアリシアは驚愕の表情を浮かべた。アリシアは本当に素直で正直者なんだ。そもそも、魔族の人達って人間よりも純朴な感じがしてきたな……人間がこれまで抱いていた魔族に対する偏見を、人類を代表してお詫びしたくなってきたよ。


「大丈夫だよ。人間の諺ことわざに『嘘も人の為ならついて幸せ』というものがあるから!」


 僕は爽やかな笑顔でそう言うと、アリシアは酷く嫌そうな表情で応じてきた。

 アリシアは目を閉じて、気持ちの整理をしているようだ。

 やがて僕の首から下がっていた黒い立方体のペンダントを握りしめ――




「アタシ、あなたのこと、信じても……いいかな?」




 ダークレッドの瞳が潤み、目から涙がこぼれ落ちてきた。

 それを見て、僕は彼女を抱き寄せる。

 様々な感情が僕の中で渦を巻いてあふれそうになるが――


「アタシ他者を騙すのって初めてだからドキドキしちゃう。えへへ……」


 アリシアは僕の顔を見上げて笑った。


 僕ら2人が最初の場所に並ぶと、観衆のざわざわが少しずつ収まっていく。

 そして、遠巻きに眺めていた長老会の3人が僕らを取り囲む。

 リーダーのベリー爺が――


「話はついたのですか? 魔王の娘アリシアよ――」 

「はい、婚礼の儀を続けてくださいベリー様」

「なんと! これで我ら魔族も安泰でありますな。いやはやこれはめでたい!」


 観衆から歓声が沸き起こった。

 同時にズシンという強烈な地響きと土埃つちぼこりが舞い、どよめきも起こった。

 魔王が斧の形をした剣を手からぽろりと落下させていたのだった。

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