第20話 式典
玉座の間へ続く通路――
ここを通るのはこれで3度目だ。最初はミュータスさんの背中を追い、2度目はアリシアと共に駆け抜け、そして今回は執事服姿のバラチンに連れられてここまで来た。
バラチンの咳払いを合図に、扉が自動で開かれた――と思ったら、アリシアの護衛隊の魔人が黒装束姿で開けていた。
扉の中央にアリシアが立っていたけど、彼女は僕の姿を見るなり慌てたように背中を向けた。彼女は黒を基調として赤いラインが縫い付けられているドレス姿だ。頭から黒いベールをかぶっているから表情はよく見えない。
バラチンに促されてアリシアの隣に立つ。
横からアリシアの顔をのぞき込むと、ちらっと目が合った。
どういうわけか、彼女の顔は真っ赤だ。
「さあ、ゆっくり階段を上ってください」
バラチンが言った。
僕らの足下にはカーキ色のカーペットが敷かれており、階段の上まで続いている。
カーペットから5歩ほど下がった広い階段の両脇に、兵士が整列している。
「ねえアリシア、これ何の式典なの?」
僕が小声で尋ねると、
「本当にごめんッ……」
アリシアはさらに顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向いて謝まってきた。
僕には何がどうなっているのかさっぱり分からない。
階段を上りきると、広い祭壇の正面奥の玉座に魔王の姿が見えた。彼もまた銀色の装飾品がちゃらちゃらと付いた正装をしている。
カーキ色のカーペットは玉座のすぐ近くまで続いており、魔王の足元にはフード付きのローブ姿の魔法使いらしき姿が見える。左から紺色、紫色、ベージュ色のそれぞれ色違いのローブである。
ここでもカーペットの両端に兵士たちがずらっと並んでいるが、兵士に混じって民間人らしき魔族の人達が僕らのことを興味深そうな様子で見ている。
「ねえユーキ、あなたはアタシを守ってくれるって言ってくれたよね?」
若干気後れしていた僕は、不意にアリシアから話しかけられてビクンと反応する。
「う、うん……たしかに……」
言ったかな?
うん、言ったかもしれない。
ビバビバの湖の畔でそれと同じような意味の言葉を僕は確かに言った。
それを今、わざわざ確認したかったのだろうか?
「アタシ信じるわ……あなたを……」
「あ……うん。信じてくれてありがとう……」
状況がさっぱりつかめない僕は生返事をするしかない。
バラチンに促され、僕らはゆっくり魔王の元へ歩み寄る。
途中、民間人らしき獣耳の女性たちが――
「アリシアお嬢様、素敵ね……」
「それに引き替え、人間の男はぱっとしない顔ね……」
「あの人間が本当に救世主なの? まだ子供じゃないの……」
「だめ、聞こえちゃうわよ……」
はい。聞こえちゃってますが――
状況が分からない上に、悪口を言われている僕はしょぼーんと足下に視線を落とす。
すると、アリシアが僕の手を握ってきた。
驚いて彼女の顔を見ると、まっすぐ前を見つめたまま、さらに手に力を込めてきたので僕も握り返した。
これは『気にするな』というメッセージだと僕は受け取った。
魔王の足元にいた魔法使いの3人は、それぞれ紫色、紺色、ベージュ色のフード付きローブを纏まとい、杖を持って立っている。口元のしわから察するに、彼らはかなりの高齢の老人のようだった。若干腰も曲がっており、そうなってくると本来は魔力を高めるための杖が、ただの体を支えるための杖に見えてきた。
「汝らここに立たれよ」
紫色のローブの老人が魔王を背にして立ち、僕たちに言った。
言われたとおりに僕とアリシアは老人の前に並ぶと、僕らの背後に紺色とベージュ色の魔法使いがそれぞれ移動した。
それを待ってから、会場の皆に聞こえる声の大きさで紫色の老人が――
「これより、魔王の娘アリシアと我らが救世主ユーキとの婚姻の儀を始める――」
一斉に参列者たちの歓声が上がった。兵士たちまで一緒に盛り上がっている。
「えっ? ここ、婚姻の儀って――何?」
「汝らの結婚式じゃよ」
僕の背後の紺色のローブの老人が言った。いや、言葉の意味が分からなかったんじゃないんだよ!
隣のアリシアは静かに目を閉じた。
呆気にとられている僕とは目を合わせたくないという感じの意思表示か?
皆が盛り上がっている中、僕だけが蚊帳の外か!? ――いや、魔王の不服そうな顔と、バラチンの殺意を感じる目があるから皆というわけではないらしい。それに、肝心のアリシアの様子も気がかりだ。どうも単に恥ずかしがっているという訳ではないように見える。
よし、この雰囲気に飲まれてなるものか!
僕は勝手に盛り上がっている観衆にも聞こえるように――
「ちょっと待っ――」
声を上げようとしたとき、まるで時間が止まったと思えるように、僕の口が動かなくなった。ベージュ色のローブを着た老人の杖が光っている。
くそっ! すべてはこいつらに仕組まれた罠だったのか!?
「儀式の最中に魔法は止めてください、マシュー様!」
無言を貫いていたアリシアがベージュ色の老人マシューに向かって言った。
マシュー爺は舌打ちをしてから魔法を解いた。
「急に婚礼の儀とか言われても、何が何だかわからないよ! せめて理由を聞かせてくれ。なぜこのように強引に話を進めようとしているのかを」
動くようになった口で僕はアリシアに向けて一息にしゃべった。
それでもアリシアは僕から目を逸らしたままなのだが……
「では、ワシから話してしんぜよう――」
紫色の老人が前に出て説明を始める。
「ワシは長老会の代表を務めるベリーじゃ。長老会は魔族の重要事項を決定する魔王直属の諮問機関であり、決定事項は魔王でも覆すことは許されない最高議決機関でもある。さて、我らが救世主ユーキよ。御主は言うまでもなく人間だ。いくら我らが崇拝する悪魔ルルシェの導きとはいえ、人と魔族は相容れぬ関係。それを打破する為に導き出された結論が――」
「僕とアリシアの結婚ということ?」
「その通りじゃ。魔王の娘アリシアの婿むこともなれば、誰もが納得できてみんな幸せなのじゃよ、ほっほっほ……」
長老会の代表べリーは白いあごひげを触りながら高笑いした。
それに合わせてベージュ色のマシューと紺色の老人も同じような感じて笑っている。察するにこの2人も長老会のメンバーということなんだろう。
長老会が笑っているのに対して、魔王は終始不服そうな表情だ。バラチンは相変わらず僕を睨んできているし……何なのこの状況は……
「アリシア、君はこのことを知っていたのか……」
僕はアリシアの前に立ち顔をのぞき見る。アリシアはまた僕から目を逸らす。
「どうして目を逸らすんだ? どうしてこんな大事なことがなぜ僕らのいないところでどんどん話が進んでいるんだよ!」
僕は少しイラッとして、強い口調でアリシアを責めてしまう。
するとアリシアは――
「だって仕方がないじゃない! 魔族の命運が掛かっているのよ!? アタシ達が結婚したらユーキは魔族の救世主として人間の魔の手からお父様を救ってくれる。なら、選ぶ道は一択よ! アタシはユーキと結婚して魔族を、お父様を救うんだからぁぁぁ――」
「ア、アリシア……お前は……お前という奴は……それほどまでに私のことを……」
魔王が嗚咽しはじめる。
「お父様ぁぁぁ――!」
アリシアも泣き始めた。
盛り上がっていた観衆は一気に静まりかえりーー
すべての観衆の視線は僕に向けられていた。
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