第24話 のぞき

 魔族の彼らが関所と呼んでいる場所は、人間の村を見下ろせる坂の上に設置された警備兵の詰め所みたいなものだった。石造りの小屋が幾つもあり、そこから坂を上ってくる敵の様子を観察し、時には攻撃を仕掛けるという機能があるようだ。


 僕らが到着するなり、一足先に到着していたカルバスが状況を説明する。

 昨夜遅くに魔王討伐隊と思われる50人規模の集団が村に到着。一晩明け、いつもは農作業や往来する村人の姿が見られる時間になっても全く確認できず。やがて、一件ずつ家が燃え始め、現在は8カ所から火が出ているとのこと。


「討伐隊と村人との間に何らかのトラブルが発生していると思われます」

 カルバスは報告を終えて、アリシアに一礼する。

「報告ご苦労様。じゃあ早速着替えましょう!」

「……えっ!?」

 アリシアはさも当然という顔で言った。

 僕はその反応を見て呆気にとられてしまった。


 僕らは村が燃えているのを見てここまで走って来た。しかし、彼女が本当に心配だったのは、この関所にも何かが起きているのではということだったのだ。だからもう平然として旅の準備を行おうとしているのだ。


 何とも言えぬ気持ち悪い感覚に、僕は手を堅く握りしめる。するとその拳をアリシアが両手で包み込むように握ってきて、


「ねえユーキ。あなたはもうアタシたちの仲間、魔族……なんだよ? 人間同士の争いなんて関係ないこと……なんだよ?」


 小さい子を諭すような言い方をしてきた。 

 そんな言い方をしなくても分かっているよ……

 魔族としては人間同士が争って戦力を削ってくれるなら……

 願ったり叶ったりじゃないか!


 でも――!


「アリシアお嬢様とフォクスは左の小屋に、拙者達は右の小屋にて着替えておりますゆえ、ユーキ殿はしばらくこちらで待機願います!」


 カルバスの言葉で僕の思考は中断した。


「じゃあユーキ、行ってくるわね!」


 アリシアは荷物を抱えたままフォクスを連れて小屋に入っていった。

 正直、僕はホッとしていた。

 あのままカルバスの止めがなかったら僕は何を言おうとしていたのだろうか?

 頭の切れるカルバスはきっと僕の思考を読んで機転を利かせてくれたんだろう。


「あの……カルバスは着替えに行かないの?」 


 僕はいつまでも動こうとしない彼に尋ねた。


「あ、いや……今は拙者の仲間が着替え中ゆえに……」

「……ん? 一緒に着替えればいいじゃん!」


 そのとき、カルバスを呼ぶ警備兵の声が別の建物の方から聞こえてきて、彼はそちらへ行ってしまった。


 一人残された僕は、展望台のようなやぐらを見つけたのでそこへ行って村の様子を観察しようと思い立った。


 それにしても背中の荷物が重い。

 何しろフォクスの分の荷物も入れているからな。

 よし、荷物は小屋に置いておこう。

 左の女子部屋に入る勇気はないから、迷わず右の小屋の一択だ!


 石造りの小屋の木製扉をノックする。

 中にカルバスの仲間の人もいるはずだが……返事はない。

 誰もいないのか?


「あひゃッ!?」

「あー、ごめんごめん。まだ着替え中だったね……」


 ドアを開けると、カルバスの仲間の人が妙に高いトーンで変な声を上げた。

 なんだ、やっぱりいたんじゃないの……


 小屋の真ん中に丸い小さなテーブルがあって、彼はその上に黒装束や白くて長い布切れをきれいに畳んで置いている。几帳面な人なんだな。その他には木箱が無造作に積んであったり、槍や弓矢などの武器が立てかけられていたり、双眼鏡がカベにつり下げられているぐらいだ。坂の下に面する壁面にはちょうど目の位置の高さに小窓があり、そこから敵を観察したり攻撃できるようになっているようだ。


 なんだ。ここからでも充分村の様子が観察できるじゃないか!

 僕は双眼鏡を手に、小窓から覗いてみることにした。


「あの……」


 背後からカルバスの仲間の人の声がしたので振り向こうとすると――


「み、見ないで!」


 なんか僕、この人に嫌われている?

 別に男の裸に興味はないんだけど……しかも彼は魔人だし…… 

 そんなことを思いながら、双眼鏡で村の様子を覗こうとすると――


「い、いつまでここにいるのですか……」

「ん? 皆が着替え終わるまでいさせてもらうから」

「ずっ、ずっと……ですか?」

「ああそうだよ。いろいろと覗いていたいしさ!」

「の、のぞきにきたのですか?」

「そう、僕は覗きに来たんだよ? ところでさっきから君はなにを――――ぶっ!」


 振り向くと、村娘が着るようなえんじ色のワンピースを胸と腰にあてがい、涙目で僕を睨んでいる女の子がいた。黒いショートカットの髪の毛の上に2本の角が生えている。年齢で言うと僕やアリシアと同年代に見える、どこからどう見ても魔人の女の子。少しつり目気味の黒い瞳が潤んでいた。


 ピンク色の唇を開いて大きく息を吸い込んだ彼女は――


「お兄様あぁぁぁ――――!」


 いきなり大声で叫んだ。


「えっ? お兄様って……誰が?」


 僕があたふたしている間に勢いよく扉が開いて、


「何事だ、カリン!」


 カルバスが慌てた様子で入ってきた。


 *****


「つまり、ユーキはカリンが女の子であることを知らずに小屋へ入ったと……そういうことなのね?」


 腕を組んだアリシアが呆れたように言った。彼女はピンク色のスカートに白色のシャツに着替えていた。どういう訳かフォクスまで腕を組んで僕を見下ろしている。彼女は茶色いスカートに黄色のシャツを着ている。そして僕は地べたに正座し、反省させられているのだ。


「でも、ちゃんと入る前にノックはしたし……」

 僕は唇を尖らせて呟く。そう、僕はちゃんとマナーを守っているのだ!

「ノック? 叩く? それってどういう意味なのかしら……」

 そうだったぁー!

 魔族の人達はドアを叩く習慣がないから意味が分からなかったのかぁー!

「あ、あの……アリシア様……カリンはもう気にしていませんから……」

 カリンがおどおどしながらアリシアにそう言った後、キッと僕を睨んできた。

 こわっ! めっちゃ気にしているじゃん!

「しかしユーキ殿、本当にカリンが拙者の妹であると気付かなかったのでござるか?」

 例によってカルバスがわざわざ僕の背後にまわって耳元で言ってきた。

 彼も地味な農夫のような服に着替えている。しかし目付きが鋭い上に、額に大きな古傷があるのでどう見ても農夫には見えないのだが……


 もうこの場にいるのが辛くなってきた僕は――


「もぉぉぉー! 今はこんなことをしている場合じゃないんだぁぁぁ――!」


 僕は荷物を抱えて猛然と坂を下っていく。

 フォクスもキャッキャと笑いながら付いてくる。

 後ろから皆の『あっ、逃げた!』という声が聞こえてくるが、もう振り返らない。


 とにかく今はこの場から立ち去りたいという衝動に身を任せるのだ!

 そして、村の様子をこの目で確かめたいという気持ちも本当にあるのだ。



 *****



 上から見ていたときには本当に小さな村だったのだけれど、こうして下に降りてみると立派な農村風景が広がっていた。わずか数日間のうちにいろんなことがあって、久しぶりの慣れ親しんだ風景に懐かしさがこみ上げてきた。


 『最果ての村』という手書きの立て看板の近くには様々な野菜や穀物を栽培している畑があり、水車小屋が川に沿って点在している。農業用施設の小屋の扉が風に煽られて音を立てて開閉していた。


「やはり様子がおかしい。朝のこの時間に村人の姿が全く見えないとは……」

「そうね。おかしいわ! アタシ達に恐れをなして逃げ出したのかしら?」

「人間なんて……一人残らず死んじゃえば……いい……」


 カルバス、アリシア、カリンが呟いた。


「ユーキちゃま、目の周りの腫れだけでも治しておきましょうねー」

「うん……ありがとうね……」


 坂の途中で捕まってボコボコにされた僕は、フォクスにツーンと鼻につく薬を塗ってもらった。この薬は良く効くけど、目にしみるぜ!


 何はともあれ、村人を見つけないと事情が分からない。僕らは手分けをして近くの家の様子を見に行くことにした。


 角材と丸太を組み合わせて作られた質素な家。庭先に飼われている飛べない鳥に突かれないように追い払いつつ、僕とアリシアは隙間だらけのドアをあけて中をのぞき込む。すると、テーブルの上に3人分のかじりかけのパンと肉、色とりどりの野菜が皿に盛られたままの状態で、家の中はもぬけの殻だった。柱の時計が10時の時報を鳴らしたとき、アリシアがとっさに三日月型の片手剣を両手に構えたが、すぐに何食わぬ顔でピンク色のスカートの中にしまい込んだ。


「こちらも住人の姿はないようですね。拙者達が調べた近隣の家も同様でした!」


 カルバスが報告する肩越しに、カリンが僕を睨んでいる。

 だが、今は無視しよう。


「みんなどこかに遊びにいっちゃったのかしら?」

「いやいや、村に火事が発生しているのに遊びに行くことはないよ。みんな総出で火を消しに行ったと考えた方が自然だと思うけど……」


 子供の姿まで消えているということが不自然なんだ。普通、小さな子供達は家に置いておくだろう? わざわざ危険な火災現場に親が連れて行くだろうか?


 道の真ん中で見張っていたフォクスに声を掛け、僕らは慎重に黒い煙が立ち上る村の奥に進んでいく。


「アリシアお嬢様――」


 カルバスがアリシアの耳元でささやいたので彼の視線の先を見やると――


 水車小屋の一つに人影があった。

 それは僕らに気付かれたことを悟ったようで、水車小屋の中に消えた。

 畑の中のあぜ道を通り、僕らは水車小屋に近づいていく。

 見晴らしが良すぎるこの場所で弓矢で狙撃されたらひとたまりもないが、全員村人にカムフラージュしているからその危険は少ないはずだ。


 ゆっくりとドアを開けると――


 小屋の片隅で一人の幼女が震えていた。

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