第18話 目覚め

 僕はまたベッドの上で目を覚ます。勢いよく上体を起こすと、すこし目眩がした。窓から差し込む朝の光が石壁に反射してやけに眩しい。城の前広場からスーズメという小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「まだ安静にしていなければいけないんだぞう」

 背後から声がした。その声の主は――

「エレファンさぁん――!」

 僕はエレファンに抱きつく。

 僕が人に抱きつき、涙を流すなんて……まるで僕らしくない行動をしてしまった。

「目が覚めて良かったですぞう。ユーキ殿が倒れてから三日三晩ずっと眠っていたのですぞう」

「3日間も……」


 僕の心臓は激しく波打つ。

 僕が気を失ってから、あの後の戦いはどうなったのだろうか……

 エレファンさんから手を放し、自分の胸に手を当てる。

 怖い。

 でも、知りたい――


「エレファンさん……あの後――」


 僕がうわずった声で戦いの結果を尋ねようとしていたとき、ドアが勢いよく開いて――


「ユーキ、やっと目を覚ましたのね!」

 アリシアが入ってきた。

「無事だったのか、アリシアぁぁぁ――!」

 僕は反射的にアリシアを抱きしめていた。彼女の顔が僕の胸にガツンと当たり、頭の上に生えている2本の角が僕のあごにヒットするが、今の僕にはその痛みさえ愛おしいものに感じた。それなのに――


「ななな、なにするのよぉぉぉ――!?」


 アリシアは僕の抱擁を振りほどいて2歩下がり、体をひねりながらのハイキックで僕の側頭部を回し蹴り。哀れな僕の体は投げつけられた枕のように石壁に叩き付けられた。  


「まったく、人間の男って油断も隙もあったもんじゃないわね! いきなり抱きついてくるなんて……しかも人前で!」


 アリシアは腰に手を当てて、鼻から『ふぬぅー』と息を吐いた。


 人前って、エレファンさんのことか。

 あれれ!?

 人前じゃなかったら良いの?


 そんな馬鹿なことを考えていられるのもアリシアが無事だったからだ。

 そしてエレファンさんも無事に生き返ってくれて――


「あっ、そうだ! 魔王は? 魔王は生きているのか!?」


 僕は今更ながらそれを尋ねる。どうやら僕の中の優先順位はアリシアとエレファンさんに次いで魔王は3番手ということになっているらしい。


「無事に決まっているじゃない。病気療養中とはいえ、お父様はアタシたち魔族の王よ? それに今回はバラチンがお父様の警護についていたんですもの!」


 アリシアは魔王のことが大好きなんだな。

 父親なんだから当たり前か……

 それにしても――


「バラチンさんって、そんなに強いの?」

 僕には執事姿の意地悪そうなイメージしかないけれど。


「当たり前じゃない。バラチンはお父様の古代からの親友。お父様が魔王に就任されるときもどちらがなってもおかしくないぐらいの立場の人。でもお母様がお父様をお選びになって、バラチンはお父様の側近に甘んじることになったのよ」


 アリシアはバラチンさんのことも誇りに思っているんだな。

 そのことがひしひしと伝わってくる……

 あれ?


「そういえば、アリシアのお母さんは――」


『ぶぇっくしょん――!』


 エレファンのもの凄いクシャミで会話が途切れた。

 部屋の中にクシャミによる霧状のものが充満した。

 なんか気持ち悪い!


「ふぁ、ふぁ、ふぁっ! わてのクシャミで消毒しておきましたぞう」

「く、クシャミで消毒って……」

「あら、ユーキはエレファンの消毒効果を信じていないの? あなたが森でナマーコに噛まれたときの傷が化膿しなかったのはエレファンの消毒のお陰だったのよ? すぐに傷口もふさがったでしょう?」

「えっ、そ、そうだったの?」


 僕がエレファンを見ると、彼は照れ隠しなのか鼻をくるっと背中に回し、大きな耳をぱたぱたさせている。僕の胃痛騒ぎのときに『消毒ですぞう』と言って鼻から霧状のものを出していたのは、本当に消毒だったのか……しかも傷の治りが早くなるという効果もあったとは!


 ドアが開いてバラチンが入ってきた。

 どうやら魔族にはドアをノックするという慣習はないらしい。


「アリシアお嬢様、式典の準備があります故、お部屋にお戻りください」


 執事姿のバラチンが品良く言った。

 この人が魔王に次ぐ権力の持ち主だったとは……ただの意地悪執事ではなかったんだな。

 バラチンは僕の視線に気付いたようで、


「ユーキ殿、先日はエレファンを助けていただいてありがとうございました」

 と紳士らしく頭を下げてきたので、僕は慌てて頭を下げる。

 どうも僕は権力というものに弱い性分らしい……


「じゃあ、また後でねユーキ」


 アリシアはニッコリ笑いながら部屋を出て行った。

 続いてバラチンも一礼してアリシアの後を追っていった。


「あの……エレファンさん、どうかしました?」


 エレファンがバラチンの顔をチラチラみながら萎縮していた様子を僕は見逃さなかった。明らかに挙動不審な様子だった。


「な、なんでもないですぞう……なんでも……」

「言ってくださいよエレファンさん! 何か気になることでも?」

「い、いや……じつは……わては魔王様のご病気を治すためにこの城に常駐しているのですが……わてはバラチン殿に不要物と思われているようで……あのとき、わて1人を玉座の間の外に立たせたのですぞう」

「えっ……?」


 確かにあのとき、僕も不思議に思った。なぜ医療班のエレファンさんが門番をやっていたのかと……。それがバラチンさんの命令だったとは……


「でも、ユーキ殿の能力ちからで助けてもらって、わては今とても幸せなんですぞう」


 そう言って、エレファンは耳をぱたぱたさせてニッコリと笑った。

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