第17話 悪魔の声

 その光景はまるでスローモーションの様にはっきりと見えていた。

 剣は音も無くエレファンの腹部を貫いていく。

 敵の大将は剣の先端をで軽々と天井に向ける。

 エレファンの体はまるで串刺しの肉団子のように剣の根元までストン刺さる。

 滝のように流れる赤い液体が敵の大将の手を伝わり石の床にこぼれ落ちていく。

 そして、敵の大将は動かない肉塊に興味はないと言わんばかりに剣を後ろに向けて振ると、エレファンの体は床にぐしゃりと叩き付けられた。


 ――ドクン――


 床が揺れた。

 いや、床が揺れたように感じるほど、僕の心臓が強く脈を打った。

 僕はミュータスさんから奪い取った剣を握り、足を前へ踏み出す――が、僕の腕を何物かが掴んできた。


「ユーキ殿は手出し無用。後は拙者に任せろ!」


 アリシアの護衛のリーダー、カルバスが僕の横をすり抜けていく――


 アリシアは――

 槍を構えた兵士の3人目の背中を斬り付け、4人目が向きを変えてアリシアに迫る。

 そこへカルバスがその兵士の脇をかすめるように抜け、次の瞬間には兵士の体は2つに切り裂かれていく――


 敵の大将は無人となった玉座の間への扉を押し広げ、入っていく――


 アリシアは残りの2人の兵士を両方の剣で同時に仕留め、カルバスとともに玉座の間へ入っていった。




 僕は――




 エレファンの体の前で立ち尽くしていた。

 大量に流れ出る血の池の中で、為す術もなくただただ立っていた。


 今朝出会ったばかりのこの魔人にどれほどの思い入れがあるというのか?

 いいや、そんなものはないばすだ。

 そんなに気にすることではないんだ……これは。

 エレファンさんだけが特別なんてことはない。

 これは多くの死体のうちの1つに過ぎないんだ!

 僕はミュータスさんを殺した。

 ミュータスさんの仲間も殺した。

 そして敵の大将はエレファンさんを殺した。


 ただ……それだけのこと……


 僕は玉座の間へ向かおうと一歩を踏み出すが……

 頭の中にエレファンさんの顔が浮かび上がってきて……


「僕はどうすればいいんですぁぁぁ、教えてくださいエレファンさぁぁぁん……」


 エレファンの体にすがり付くように僕は大声で泣き叫ぶ。

 彼の体は死体とは思えないほどまだ温かい。

 今にでもむっくりと起き出して優しい笑顔を向けてきそうな気がするほどに……





 ――選べ。能力ちからを温存するか、その男を助けるか――




 それは聞き覚えのある女の人の声。

 今の僕には分かる。それは悪魔ルルシェの声なんだ!


 僕は藁わらにも縋すがる思いで答える――


「助けたい!」


 ――死人を蘇らせるためには相当の魔力が必要。お前は数日間は能力ちからを使えなくなる。それでも助けたいか?――


 僕は戸惑う。

 玉座の間では今、敵の大将とアリシア達が交戦中のはずだ。

 アリシアは魔族の危機を救うために僕を召喚したと言っていた。

 その僕は悪魔ルルシェに何らかの能力ちからを授かってここにいる。

 その力をエレファンさんのために使うかどうか……

 選択しろというのか……


 僕は――


 アリシアに、そして魔族の人達に期待されてここにいるのだ。

 魔族の窮地を救う勇者として。


 でも――


「助けたい!」


 ――まったくお前といいあの娘といい、どうかしている! 娘は我われが折角召喚したお前を独占せずに本人の意志を尊重しろとか言い出すし、お前はお前でこんなチンケな魔人1人のために数日分の能力ちからを使うだとかあり得ないんだから! まあ、選んじゃったんだから仕方がないわ。ペンダントを左手で握って!――


 悪魔ルルシェの口調が女の人の美しい声から急に幼い女の子のものへと変わってしまったが、僕は言うとおりにアリシアの角の欠片を握る。


 ――右手を魔人にかざしなさい――


 僕は立ち上がり、エレファンの体に手をかざす。

 すると、視界に文字が浮かび上がる。

 まるで透明なスクリーンが目の前に存在し、そこに白い文字が投影されているように文字が浮かび上がっているのだ。


 ――それはユーキ、お前のために我われが紡つむぎ出した魔導書。さあ、唱えよユーキ! 存分に能力ちからを発動させるがいい――


『ピシャリ……』


 不思議生物カエルがエレファンの体を飛び越えてどこかへ跳んでいった。

 僕は視界に浮かび上がる文字を読み上げる――


「我は悪魔の力を操る者ユーキなり……斬首の悪魔のもとに向かいし……漆黒の闇より蘇れ……デス・スクリプト・ブレイク」


 僕の意識はそこで途絶える。左手から青い閃光が発したことと、周囲の景色が渦を巻いて暗転していく様子だけは鮮明に記憶していた――

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