第16話 追撃
エントランスホールにはすでに多数の魔族の死体が転がっていた。人間側の死者も多数あるところをみると、今回の襲撃は精鋭揃いという訳ではないのだろうか。
「魔王軍の増援部隊など恐るる足らず! 包囲網を形成せよ!」
僕たちの姿を確認した小隊長らしき人間の指示が聞こえた。
彼らは魔族の死体を足で蹴り飛ばし、槍を構えて間を詰めてくる。
こちらはアリシアを含めて6人の戦士と医療班1人そして僕。対する人間の兵士は20数人。
数では不利な戦いだが――
「カルバス、アタシ達はお父様のところへ向かうわ! ここは任せてもいい?」
アリシアがカルバスという名の黒服護衛のリーダーに言った。彼はミュータスさんの仲間を瞬殺した剣豪である。
「お嬢様、ご武運を!」
カルバスはアリシアに一礼し――
「各個撃破せよ! 行くぞ!」
他のメンバーと共に一斉に槍を構えた人間の兵士に向かって行く。
彼らの動きはカルバスを中心に統率されており、すでに人間側の包囲網は破綻していた。壁や手すりを足場にして縦横無尽に跳び回りながら、人間たちを次々に倒していく。
「行くわよユーキ!」
アリシアは僕の手をとって、玉座の間へ続く通路に突入していく。途中、槍を構えた兵士が襲いかかろうとするが、ことごとくカルバス達が防いでくれている。
エントランスの敵をガルバスに任せて僕らはひた走る。
魔王のいる玉座の間までは曲がりくねった狭い通路になっている。おそらくこれは集団による襲撃を撃退するための構造。だから、襲撃隊の後を追う僕らの立場では人間の兵士に突然出くわすことも想定して進まなければならないのだが――
「――――くっ!」
アリシアは唇を噛みしめる。足下に転がる魔族の死体の数が、奥に行けば行くほど増えていく。怒りと悲しみの感情が僕へと伝わってくる。できるだけ兵士を踏まないように、しかし走る勢いを止めないように。僕らは玉座の間へ向けて走る。一秒でも早く辿り着きたいという気持ちが高まっていく――
次の角を曲がると玉座の間が見える――そう思った瞬間、目の前に槍を構えた2人の兵士が現れた。兵士は僕らに向けて槍を突いてくるが、僕の胸に槍が刺さる寸前にアリシアが肩から僕に体当たりをしてきた。
そのお陰で、僕の体は槍の進路から外れて難を逃れたが、槍の先端はアリシアの肩をかすめて鮮血が飛び散った。
「――――ッ!」
アリシアは痛みを堪えるように片目をつぶりながらも、兵士の腹部を切り裂く。
そしてもう一方の兵士の打突を
兵士がバランスを崩して前のめりになったところへ背後に着地してのど元を引き裂いた。
「ユーキ、大丈夫?」
自分の怪我よりも先に僕を心配するアリシア。
僕は魔族の兵士の死体に
「増援部隊など貴様らで何とかしろ! その間にワシが魔王を仕留めてくるわい」
遙か前方に一際立派な鎧甲を身につけた敵の大将らしき人物がいる。
彼は6人の兵士をその場に構えさせ、1人で玉座の間へ向かうつもりらしい。
しかし、玉座の間の頑丈な扉の前には1人の魔族が立ちはだかっている――
「ここから先は魔王様の占有領域なのですぞう。絶対に通すわけにはいかないのですぞう!」
「な、なんでエレファンさんが……」
僕は呆気にとられて思わず声を上げるが、僕の声は彼には届かない。
片手でも持てる大きさの短剣を両手でぎこちなく構えるエレファン。
足が震え、大きな耳が後ろにぴたりと巻き付き、長い鼻はふるふると揺れている。
医療班である彼がなぜ玉座の間の門番などをやっているのか。
それほどまでに魔王軍は壊滅的な状況なのだろうか。
槍を構えた敵の兵士が徐々に僕らとの間を詰めてくる。
敵の大将は玉座の間の前にいるエレファンの方へ歩いて行く。
彼の手には槍ほどの長さのある長剣。
それを軽々と片手でまるで棒きれを振り回す子どものような仕草で持っている。
圧倒的な威圧感が彼の全身から放たれていた。
「こ、来ない方が身のためですぞう! それ以上近づいたらアナタの命の保証はしないのですぞう!」
エレファンの警告も何処吹く風と聞き流す敵の大将。
エレファンは長い鼻を相手に向けて――
それと同時にアリシアが槍を構えた6人の兵士に先制攻撃を仕掛けた――
2本の三日月型の短剣を両手に持ち、1人目の槍を身軽な動きで体をひねって
1人目が振り向くよりも早くその喉を斬るが、後ろにいた3人目と4人目が同時に槍を突ついてきたので空中にジャンプして逃れるアリシア。
エレファンは――
「毒霧をお見舞いするのですぞう――!」
と言ってから鼻から霧状のものを吹き出した。
なぜ予告してから!?
僕は心の中でツッコミを入れるが――
案の定、敵の大将は顔の前に腕を持っていき毒霧に対処しつつ、槍ほどの長さのある長剣をエレファンの体の中心に突き刺した。
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