第15話 ミュータス死す

 僕は空を飛んでいる。

 いや、正確には空を跳んでいる。


 アリシアに腕を掴まれ、森の木の遙か上空に舞う僕。

 やがて僕の身体は上昇する勢いが無くなり、下降を始める。

 アリシアは抜群の視力と運動神経で次の着地点――丈夫そうな木の枝に両足を付いて、枝のしなりの反動を利用して再び空中へジャンプ。

 僕は木の枝に身体を激しくぶつけて細い枝が脇腹に刺さりつつも、アリシアに腕を引っ張られて上空へ。


「あ、アリシア……さん……」

「『アリシア』で良いわ、ユーキ!」

「アリシアぁぁぁ――! ちょと……」

「えっ!? なあにユーキ、良く聞こえないわ?」


 満身創痍の僕に対してアリシアはすこぶる上機嫌なご様子。

 最高到達地点に上がると、眼下に広がる森の間からビバビバの浮島がある大きな湖と、そのずっと後方に人間の集落が見える。


 うわー、眺め最高――――! と言いたいところだが……


 すぐに地獄のような再ジャンプの儀に突入する。 

 木の幹に全身を強打して、アリシアにぐいっと引っ張られて上空へ。


 ジャンプを繰り返すたびに僕の意識は遠のいていくのだ。

 アリシアによるとこの移動方法が森を抜けるのに最も早く最も安全とのこと。たしかにナマーコに襲われる心配は無いものの、これでは僕の身がもたないぞ。


 朦朧もうろうとした意識の中、魔王城が視界に入ってきた。

 壊された正門を軽々と越え、アリシアが前広場に着地。僕の身体は地面に叩き付けられ何度も転がってから止まった。


 血だらけ傷だらけの僕を見てアリシアが、

「まあ、ユーキどうしたの? あなたって本当に華奢なのね」

 と呆れたように言い放ち、口笛を吹いて護衛を呼び寄せる。


 僕の脇腹に刺さった枝を引っこ抜き、つーんと刺激臭のある薬を塗られてペタッと薄茶色のテープを貼られると、すぐに血が止まった。

 魔族の医療技術って人間以上なんじゃないの?


 僕らは城の入口へ向かう。

 木製の扉は無残にも壊されていた。

 城の中からは戦闘の音が漏れては来ない。

 もう終わってしまったのか!?

 胸騒ぎを覚えつつ、城へ突入しようとしたとき――


「入口の守りはワシらだけで充分でさぁ!」

「魔王軍の援軍など恐るるにたらないぜぇ!」

「片っ端から仕留めてやりましょうぜ、リーダー!」

「よし、みんな名誉を挽回するために死ぬ気で頑張ろう!」


 4人の鎧を着た男たちが城の中から出てきた。


「みゅ、ミュータスさん――――!!」


 僕が素っ頓狂な声を上げると、4人の男が一斉に剣を構えてこちらを見る。


「ユーキぃぃぃ――、この裏切り者めがぁぁぁ――!!」


 ミュータスさんが長剣を僕に向けて振り下ろす。

 金属同士がぶつかり合う音が鳴り、僕の額の目前で剣が静止した。

 アリシアが三日月型に湾曲した片手剣で防いでくれていた。


「う、裏切り者……僕が……?」

「そうだ、お前は私達を裏切った。そうだろうがぁぁぁ――!」


 ミュータスさんは獣のような表情で、僕に食って掛かってきた。


「そ、そうか……僕は……ミュータスさんを……裏切った……のか……」

「殺してやる! 貴様だけはこの手で殺してやる! 私の聖剣を鉄屑に変えたお前だけはこの手で――」

 剣をぐいぐい押して来るミュータスさん。

 対して、それを受け止めるアリシアは氷の魔女の如く無表情――

「殺してやる! 殺してやる!」

 目が血走っているミュータスさんはさらに押してくる。


 やがて――


「ユーキ、もうっちゃっていい?」


 それはアリシアの感情のない台詞。


「アタシ、ユーキとの約束を守って、この人間共を解放したよ? でもまた戻ってきてユーキを殺そうとしている。どうするの? 殺すの? 殺されるの?」


 アリシアは僕に視線を送ってきた。


 そうか……

 魔族側につくということは……

 こういうことなのか……


「ミュータスさん、今まで親切にしてくれてありがとうございました……」


 僕は頭を下げる。耳元で金属同士が激しく擦れる音が鳴り響き、続いて鈍い音と共に生暖かな液体が僕の頭から降り注ぐ――


 人の身体であった物が大地に転がり、赤い液体が石畳の隙間へ流れ込んでいく。


『ゲコゲコ……』


 血溜まりの上を緑色で背中だけがオレンジ色の不思議生物がピシャリと飛び越えていった――


 僕は――


 今、何をした……?


 僕は――


 ミュータスさんを殺したんだ――


 僕は吠える。

 喉がつぶれるぐらいに慟哭する。

 無数の魔族の死体を越えてきた僕が、たった1人の命を散らせただけなのに――




 ――なぜこんなにも苦しいのだろうか――



 

「ユーキ! 大丈夫!?」


 アリシアが声をかけてきた。彼女の甲冑が返り血で染まっている。

 すでにミュータスさんの仲間達も護衛の兵士によって斬られていた。

 医療班の人から布きれもらい、僕は顔に掛かった真っ赤な液体をぬぐい、地面に捨てる。そしてミュータスさんの手から離れた長剣を拾い上げ、


「さあ、急ごうアリシア!」

「ええ、行きましょうユーキ!」


 僕らは城の中へ突入する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る