第14話 選択

 森の中から駆けつけてきた兵士は、腕に深傷を負っていた。かなり無理をして走ってきた様子で、荒い息をしながらアリシアの前でひざまずく。

「どうしたの?」

 アリシアが問う。

「城に人間が攻めてきました! 我が軍の劣勢ですでに城内が戦闘状態に――」

「2日連続で!? そんなに易々と我が軍の防衛線が突破されるなんて……」

「城の正門を始め、近隣の関門がすでに機能していなかったようで――」


 そこまでのやりとりを聞いて、僕は愕然とした。


 ミュータスさんたちが城の正門を突破したとき――

『後から来る本隊のためにも入侵入経路を確保しておこう!』

  と言っていた――その言葉の意味をようやく理解できたから。


 アリシアの表情がみるみる険しくなっていく。

 それは玉座の間で僕が最初に見た表情に似ている。


 食べかけのサンドイッチを握り潰し、麦わら帽子を捨て去る。

 口笛で合図をすると、黒服を着た護衛が音もなく現れた。


「ごめんねユーキ。ピクニックはここでおしまいよ……」


 僕に視線を向けたアリシアは寂しそうな表情に変わっていた。

 僕は返す言葉がなくただ首を振ることしかできなかった。

 アリシアは護衛が用意した甲冑をドレスの上から身につけていく。

 僕らが最初に出会ったときと同じ桃色の甲冑――


 ああ、僕たちは最悪の状況で出会ったんだ。

 アリシアが魔王の娘で僕は魔王を倒す勇者の仲間。

 中年男ホルスにアリシアが捕まって、

 それを僕が助けて……

 ミュータスさんが聖剣を振り下ろすときに思わず止めに入って、

 聖剣がただの剣に戻って……


 何となくの流れで魔族の仲間になったような気になっていたけど、

 僕は何一つ彼らを理解していないし、

 しようともしていなかった。


 ただ、僕はアリシアの好意に甘えていたのだ。

 ユーキ、ユーキと呼ばれるたびに僕は優越感に浸っていたのだ。

 ただ、それだけ……


「ユーキ、この湖に沿って南側に歩いて行けば道があるわ。その道をまっすぐ進めば人間の村が見えるから、あとは自力で脱出できるはずよ!」

「――え!?」

「今までありがとう! 最後に良い思い出ができたわ」


 桃色の甲冑を装着し終わったアリシアが僕に向かって微笑んだ。

 僕より一回り小柄で、見た目はただの女の子で、でもすぐに乱暴を振るうアリシアが笑っている。まるでこれが最後の会話になるという雰囲気で声をかけてきた。

 そうか、彼女は僕を仲間にするのを諦めて……ここまで引っ張って来てくれたんだ。僕は最後の最後まで彼女の気持ちを何一つ理解していなかったんだ……


 僕はどう返せばいい?

 僕は……


「アリシアさん!」

 僕が声をかけると、アリシアから笑顔が消える。

「僕は、どうしたら良いのだろうか?」

 アリシアは何かを言おうとして躊躇い、そっと目を閉じる。

 その柔らかそうなピンク色の唇がゆっくり開き――

「それはユーキ、あなた自身が決めることよ――」

 アリシアが初めて僕に選択を委ねてきた。

 彼女の長いまつげが小刻みに震えている。

 それに呼応するかの如く、僕の手足も震えている。


 昨日からの出来事が僕の脳裏を次々にかすめていく。


「僕は――」「アタシは――」


 僕らは同時に声を上げた。

 アリシアは何かを言いかけて、目を逸らす。まるで何かを諦めたような顔で……


 その彼女に僕は伝えよう――


「城へ戻ろう! 皆が大変な目に遭っているなら助けなくちゃ――」

 そう言いかけたところでアリシアが抱きついてきた。

 角が僕の顎をかすめて焦ったけれど、僕も抱きしめ返した。


 僕はこれらもこの少女に翻弄されていくのだろうか……


 正直、不安でいっぱいだ。


 直後、その不安は見事に的中することになる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る