第7話 記憶
――カルール村から子どもの足でも何とか日帰りできるところに交易都市マリールがある。
僕はその日、母の誕生日プレゼントを買うために妹を連れてやってきた。
今日の日のために僕らはお小遣いを少しずつ貯めてきたのだ。
初めて見る街の風景に、2歳年下の妹は興奮していた。
母譲りの金色のさらさらした髪をたなびかせて、店先に置かれた色とりどりの果物や行き交う人々の様子を『すごいね、すごいね』といちいち僕に伝えてくる。
その度にコバルトブルーの瞳を輝かせて僕の反応を確かめるようにみてくるので、僕もその度に『そうだね、すごいね』と答えてやる。
大きな都市に初めて来た田舎育ちの兄妹。街の人たちの目にはどう映っているのだろうか。僕はそのことが少し恥ずかしかった。
「なあマリー、そろそろアクセサリーショップに入らないか?」
真っ赤な頭ほどもあるまん丸の果物をそうっと撫でている妹のマリーに声をかけた。
「はい、お兄様!」
マリーは振り向いて、笑顔を僕に向けて返事をした。
窓越しにアクセサリーショップをのぞき込むと、店内にはきらびやかな装飾品が飾られ、ガラスケースの中には色とりどりの宝石やアクセサリーが並べられていた。
きれいな服を着た女の人たちが黒服を着た店員さん達にあれこれと説明を受けている様子が見えた。
僕は扉の前でマリーの手を握ったまま、しばらく戸惑っていた。
ここは僕らにとっては明らかに場違いなところ。
僕は土壇場になってすっかり怖じ気づいてしまっていた。
マリーは不安げに僕の顔を見上げる。
「お兄様、入らないの?」
マリーの声で、僕ははっとする。
僕らはお金をちゃんと持っているんだ。
大丈夫、母に似合いそうなブローチを買うだけだ。
「よし、入るよ?」
「はい、お兄様!」
磨りガラスがはめ込まれた重い扉を開けると、カランとベルが鳴った。
僕らは店内に足を踏み入れ――ようとした途端に、僕らの前に黒服の男が立ちはだかった。
「ん? どうした? ここはキミらのような子が入って良い店ではないんだよ?」
中年の黒服店員が眼鏡の下の隙間から蔑んだ目で僕らを見下ろしている。
「あの……お金はちゃんとありますから……」
僕は革袋から小銭を取り出して見せる。
男はふーんと一瞥し、
「そんなはした金で買える物はウチの店には置いていない。仮にあったとしてもオマエら農民がウチの顧客と同じものを身につけたりしたらブランドイメージががた落ちだ。さあ、帰れ帰れ!」
と僕の胸を強く押してきた。
「おじさん、明日はお母さんの誕生日なんです! お願いですからお店に入れてください!」
マリーが黒服の袖を引っ張って泣きそうな顔で頼んだ。
「誰がおじさんだ! 私はこれでも35歳独身だ!」
「ひぃ-、ご、ごめんなさい……えっと……おにいさん……?」
「まあいい。さっきも言ったようにウチは高級ブランドを扱う店なんだ。おまえさんたち農民にはその身分に相応しい装飾品を扱っている店が他にあるだろう?」
そうやって僕ら兄妹と黒服の店員が話をしているところへ……
「んじゃ俺がその店に連れて行ってやるよ!」
と、まだ幼さの残る少年が話に割り込んできた。
「ちょっと貸して見ろよ」
と言って僕の手から革袋をとって、じゃらじゃらと中身を覗いている。
「これだけあれば良い装飾品が買える店を知っているぜ! 連れて行ってやるからついて来いよ――!」
と言い残して走り去っていった。
呆気にとられていた僕に、黒服の店員がため息を吐いて、
「見事にやられたなぁ-。お金を入れた袋を渡しちゃったら駄目だ。もう二度と返ってこないぞ。ああいう連中には悪い大人が裏にいるもんだ。気の毒だが良い勉強になったと思って諦めるんだな……」
両手を広げる仕草をしてから、店に戻っていった。
「ふ……ふざけるなぁぁぁ――!」
僕は全力で少年の後を追った。
彼は人混みに紛れるように逃げていくが、脚力は僕の方が数段上だ。
徐々に間を詰めていく。
すると突然、少年の足が止まった。
そしてくるりと僕の方を向いて、ニヤリと笑った。
僕はいつの間にか薄暗い路地裏に誘導されていたことに気付いた。
「しつこい奴は早死にするんだぜ、あんちゃん!」
僕よりもずっと年下の少年が笑いながら言った。
周りから少年の仲間らしい影が続々と湧いてくる。
中には大人の姿もある。
僕は完全に包囲されていた。
「おおっ、結構な金額が入っているじゃんか! よくやったぞキッカ!」
「えへへ……じゃあ俺の取り分、弾んでくれよな!」
僕ら兄妹が1年間かけて貯めたお金を汚い手で触られている。
その様子をみた僕の心臓がどくんと動いた――
「うわぁぁぁ――!」
僕はお金を取り戻そうと手を伸ばす。
しかしすぐに取り押さえられて、殴られ、蹴られ、そしてまた殴られる。
痛みでうずくまる僕を後ろから持ち上げ、また腹を殴られ、顔面を殴られる。
それでも僕はお金を取り戻したい気持ちが残っていた。
僕はゆらりと立ち上がり、革袋をもつ男に手を伸ばす。
次の瞬間、脳天をガツンと叩かれ、地面に顔から倒れ込んだ。
「お兄様ぁぁぁ――――!」
マリーの叫び声が聞こえた。
だめだマリー。
ここへ来ちゃ駄目だ!
早く逃げてくれ!
しかし……僕の願いも虚しく……
「や、止めてください! 離してぇー!」
「さらさらの金髪だぜぇぇぇ!」
「こいつは久しぶりの上物が手に入ったな」
「兄きぃー、売り飛ばす前に味見させてもらってもいいですかい?」
マリーに向かって男達が群がって行く――
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