第6話 お前は何者だ
そこにはホルスに体当たりをしている僕の姿があった。
これまで胸に懐いていた正義感や価値観がその一瞬で吹き飛んだ気がした。
アリシアは僕に助けてと言った。
なら、僕は助ける!
アリシアに向けていた短剣で、彼女を拘束している縄を切る。
アリシアはすぐに立ち上がり――
「お父様――――!」
アリシアが叫ぶ。
それを見た魔王が玉座から飛び退く。
主のいなくなった玉座に聖剣ミュータスによる亀裂が入る。
「何をしやがる! このくそガキゃゃゃ――!」
僕はホルスに殴られ吹き飛ばされる。
僕が持っていた短剣は空中に投げ出され――それをアリシアが掴む。
アリシアは素早くホルスの背後に回り込み、首元に短剣を突き立てた。
「止まれ人間! こいつの命はアタシが握っているよ!」
アリシアは聖剣を振り下ろしたばかりのミュータスさんに向かって叫んだ。
ミュータスさんはチラリと振り向いたがすぐに魔王に向けて聖剣を構えた。
そして――
「やりたければ殺やればいい。私たちは元から命を捨ててここに来ているんだ。ホルスもきっと分かってくれるはず――」
「へっ……?」
ミュータスさんの言葉を聞いて思わず出たホルスの呆けた声は、本人の耳には届かなかったようだ。
「ユーキ! どうしよう?」
眉を下げてアリシアが僕に訊いてきた。
魔族の口から僕の名前が飛び出してきて僕は戸惑っている。
僕はアリシアを助けた……
それはつまり――
ひょっとして僕は彼女の味方に付いたということなのか!?
今更ながら僕は自分の行動に戸惑っている。
でもあれこれ迷うための時間は僕には与えられていなかった。
煮え切らない僕に愛想を尽かしたのか、アリシアの表情が険しくなり剣を握る手に力が入る。ホルスの首に回した腕にも力が入る。
アリシアの持つ短剣の切っ先がホルスの首に向かって突き刺さ――
「殺すなアリシア――――!!」
僕は彼女の名を力一杯叫んだ。
アリシアの手がピタリと止まり、目が僕に向けられる。
ホルスの首からはわずかな血が落ちるに留まっていた。
次の言葉は……
次にかけるべき言葉は……何だ?
一方、祭壇の奥ではミュータスと魔王が剣を交えていた。
ミュータスが聖剣を振り下ろすと魔王が重たそうな斧の形をした剣で弾く。
続いて下から斜め上に振り上げると、魔王は素早く避けて斧をミュータスに向けて振り下ろす。
ミュータスは素早くジャンプして躱すと、その場所に斧が床に突き刺さり、祭壇の床がめくれ上がる。
ミュータスは小刻みにジャンプを繰り返し、間合いをとった。
ミュータスは聖剣を構え、呪文のような言葉を発している。
僕は歯ぎしりをする。
僕には何ができる?
何をするべき?
起き上がろうと床に付けた手の先に何かが当たる。
それはアリシアが使っていた三日月形の片手剣――
『くたばるがいい、愚かな人間共よ――』
地響きのようなうなり声とともに脳に直接届く魔王の声。
「くたばるのは貴様だ! 次の一撃で決めてやる!」
ミュータスも声を上げる。
その直後、魔王は膝から崩れ落ち、咳き込んだ。
口から真っ赤な血液が噴き出している。
アリシアが言ったとおり、本当に魔王は病気だったんだ!
ニヤリと笑ったミュータスは聖剣を大きく振り上げる。
「行くぞアリシア――!」
「はい!」
それは僕の口から自然に出た言葉。
アリシアもホルスの体を離し、それに答えた。
「聖剣――ミュータ――――ッ!?」
金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
僕はアリシアの剣で聖剣を受け止めていた。
胸のペンダントが赤く輝き、もとの黒い石へと戻る。
聖剣は――ただの鉄の塊と化していた。
「ユーキィィィ――! キサマ裏切ったなぁぁぁ――!」
ミュータスは鉄の塊と化した聖剣を振り、僕ははじき飛ばされる。
そこへアリシアが飛び込んで来て、ミュータスの聖剣を短剣ではじき飛ばし、そのまま彼ののど元に切っ先を合わせる。
ミュータスは聖剣を離し、両手を上げて降参した。
「ユーキ、お前は何者だ――!?」
ミュータスが叫び、僕を睨んだ。
ミュータスの仲間の3人もいつの間にか近くに寄ってきていて、みんな両手を上げて僕を睨んでいる。
彼らに向けて剣を構えている魔族の増援部隊の兵隊も僕を見ている。
祭壇の下にいる傷を負った魔族の兵隊も身を乗り出すように見ている。
魔王も――
そしてアリシアも――
全員が僕を見ていた。
僕は目を瞑り、大きく息を吸う。
そして――
「僕はユーキ・オニヅカ。弱き者の味方だぁぁぁ――!」
魔王軍から歓声が起こった。
アリシアは僕に飛びついてきた。
やがて視界が暗転し、僕は気を失ってその場に倒れた。
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