失われた20時間(後編)


 おかしい。

 

 どこまで終わっているのかを見ようとしたが、E〇CELのスクロールバーが動かない。動作はし続けているので、無理に止めるわけにもいかない。AP1セルにある合計時間の値は「-25182」と、あり得ない値を指し示している。

 Timer関数の出力結果が負値になるケースは一つしかない。時間測定中に日を跨いだ時だ。

 例えば、ある周期が26日の23時59分40秒に開始し、27日の0時0分5秒で終了した場合――本来「25秒」と測定されるべきところ「-86375秒」となる。

 Timer関数は終了時間から開始時間を引くことで、経過時間を求めている訳だが、その基となるのは「午前0時0分0秒からの経過時間」であり、が考慮されていない。よって、5秒から86380秒が差し引かれることになり、珍妙な計算結果が誕生するのだ。

 話が脱線してしまったが、この「-25182」という値は、重大な、そして非情な現実を教えてくれる。つまり、この値に一日を秒に変換した値(86400秒)を追加すれば本当の経過時間が分かる訳だが、この検証ですっかり時間計算に慣れてしまった私は、察しがついてしまった。


 これ――既に17時間くらい経ってるぞ?


 前回のレポート結果を鑑みるに、どうしたって、1時間30分あれば1億と17万回は出来るはずだ。それを10倍すれば、15時間。

 どうみたって「処理完了」が出てこなくちゃあ、おかしいじゃないか。

 ま、まあ。ここは百歩ほど譲るとしよう。長時間の演算によってPCが熱を帯びて、処理速度が遅くなったのだ。

 それで1回の演算に20秒ほどかかっていたのが、30秒くらいになってしまった。それならば、何ら不思議はない――慌ててもしょうがない。夜も遅い。ここはいっそ、寝てしまおう。更に六時間くらいあれば、確実に終わるはずだ。


 終わってくれなければ、困る。

 私は愛用の毛布に潜り込み、そのまま眠った。



 そして、今に至る。


 猿はけろっとした顔でタイプをし続けていた。

「おざーす!! 今日もよろしくおねがいっしゃーす!! 」と言わんばかりに。

 合計時間は正の時間になっている――つまりが経過した。

 私は脱力し、黙って「ESC」キーを押した。猿は逃げていき、画面の動作は止まった。エスケープキーを押すと、マクロは強制終了する。この知識は、ググルの術の賜物ではなく、珍しく自分のものであった。

 内容を見てみると、十億回どころか、半分の五億回とちょっと終わっていなかった。想定でいけば、六時間で終わる内容のはずなのだ。

「シェイクスピア」のことなど、全く頭に入っていなかった。


 何の感情もわかなかった。怒りも悲しみもない――

 強いて例えるなら、十数件目のお祈りメールを受け取った時みたいな気分。

 ああ、例えじゃなかった、ただの事実だった。


 はあ……



 気落ちした状態で、調査を続けてみた。

 新しくシートを追加し、そこにAO列(周期あたりの経過時間)をべたりと張り付け、フィルタリングをしてみる。

 昇順で確認してみると、大半は20秒~29秒台だった。それらは全体に満遍なく散らばっており、「長時間の処理による演算機能の低下」説を否定した。

 30秒~40秒台もあったが、約1000周期の中でわずか4回しか発生していない。19秒台の方がよほど多いくらいだ。

 しかし、それより値を見て、すべてを悟るに至った。


 各周期にかかった時間、ベスト10を発表しよう。


 第十位・29.62秒

 第九位・29.66秒

 第八位・30.65秒

 第七位・30.86秒

 第六位・31.18秒

 第五位・31.41秒

 第四位・4129.12秒

 第三位・9430.23秒

 第二位・17598.77秒

 第一位・40123.28秒


 わずか4周期で処理時間の大半をしめていることがお分かりだろう。

 合計すると、71281秒――つまり、約20時間弱である。となると、残りの5時間で残り99.5%の周期演算していることになる。無口サイレント大多数マジョリティのなんと涙ぐましいことか。

 第一位だけで、11時間と8分43秒かかっている。それだけありゃ、十分に残りの五億回演算できるだろうが!!


 原因は明白だ。

 PCがスリープになっている間――E〇CEL内の処理が全く進んでいない。

 第一位は深夜まで外出した間、第二位は寝ている間、第三位は駅地下で時間を潰している間。第四位は(おそらくだが)一時的に家に戻った際、ついつい携帯ゲームに夢中になっていた間だ。

 それぞれ長い間操作がされなかったため、PCがスリープモードに移行。そして、E〇CELの処理も停止したのだろう。

 ログインしなおした際、動作し続けているように見えていたが――継続していた訳でなく、ただ単にスリープが解除されたことにより、から抜け出しただけだろう。


 とんだにはめられたものである。


 となると、だ。

 これを防ぐためには、マウスやキーボードを操作し続け、PCがスリープしないようにするしかない。

 残念ながら、我が息子には「一生マウスをぐるぐる動かし続けてね」との遺言を残さなくてはならないだろうか。


(余談)五億回の演算結果は、次回確認することにします。

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