失われた20時間(前編)
なんとロマン溢れる光景だろう。これに加えて「部屋に戻ったら三日分の仕事内容が自動出力されていた」ならば完璧だ。インテリの私はブラックコーヒーを飲みながら、演算結果を確認するだけでいい。
カクヨムで例えると「連載小説の三話分くらいが留守中に自動で書きあがっている」。日次更新なんてお手の物。こちらの作業は、実体を持たぬ
――素晴らしい。不可能である点に目をつぶれば、最高の状態だと分かってもらえるはずだ。
そう、不可能だった。
「ちゃんとした小説を書くこと」が、ではない。それに関しては、今のところ実装出来ていないだけで、これから作業していく箇所だ(というより、この小説の主旨はそこだ)。
「長時間放置しても演算する」行動自体が駄目だった。
これは致命的である。前提が崩れてしまう。主がバカンスに行っている間も、健気に作業してくれているかと思ったら、監視がなければ手を抜くでは困るのだ。人間じゃないんだから。
今回はその経緯と原因を考えていきたい。
話は昨日。第二回の経過報告を書き終えた後のことだった。
その時は知り合いとの用事の為、終日外出をする必要があった。帰るのはおそらく夜遅く。十数時間は空白の時間が出来る計算だ。
上記のインテリ構想を持っていた私は、自作マクロが「一時間で約一億回の演算」をすることから「この長い空き時間があれば、この十倍はいける」と踏んだ。
十億回も実施すれば、5文字一致は出てくるだろう。もしかしたら、それ以上もあり得る――
期待に胸が膨らんだ。急いで私はループ回数の末尾に「0」を加えた。530000行を1890回ループさせた結果は、10億と170万行になる。「実行」ボタンを押すと、猿はいつも通りタイピングを始めた。
四時間が経った頃、私は自分の部屋に戻ってきていた。
台風の接近に伴い、当初の用事が見送りになったのだ。まあ、台風なら止む終えない。結局、適当に駅地下を巡って時間を潰し、自宅に戻った。
PCの様子を見てみると、画面は消灯している。マウスを動かすと、ログイン画面が表示された。一定時間操作しなかったことによるロックが作動したのか。
パスワードを入力すると、「無限の猿定理.xlsm」は変わらず動作を続けていた。
おお、頑張ってる頑張ってる。
山積みの書類にひいひい言っている部下を尻目に、定時退社をする上司のような気分(?)で眺めていた。とんだお気楽ものである。
それから更に四時間ほどが経った――特に挙動に問題はない。オーバーフローくらいしか起こり得そうにないが、長整数型(Long)の限界値には余裕があるはずなので、それも無視していいだろう。
すっかり安心した私は、別の用件の為に再度外出した。外は既に暗くなっており、冬の近づきを感じさせた。
結局、その用事は深夜までかかり、自宅に戻ったころには日を跨いでいた。
もう終わっている時間のはず。「処理完了」のダイアログが表示され、10億回もの演算結果が私を待っている。
この時の私は、天にも昇る気持ちだった。
だからこそ――ログインした際に、健気で優秀な猿がまだ頑張っているのを見て、つい、ぽかんとしてしまった。
あれ、キミ。まだ、帰ってないの?
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