第7話 「分からない」
世の中には沢山の怪奇現象があると聞いているが
これもそのひとつなのだろうか。
拓海は目の前の1人でに動き、喋りかけてくる
貯金箱を見つめてうなだれる。
「えらい元気ないのぉ拓海、
あれぐらいの事でへこたれたあかんぞ!」
オヤジらしい、しゃがれた声と体を揺らした時に鳴る無機質な小銭の音が耳の奥まで響く。
頭が痛い、いろんな意味で。
拓海は頬をつねってみたが不可思議な現状も
変わらず、頭も痛いままだ。
勘弁してくれよ‥
最近、思い悩む事が多くあるとはいえ
こんな幻覚まで見る感じなんて自分はそれほど
追い詰められていたのか、
拓海の頭はますます下に落ちていく。
「ったく拓海は弱虫なくせに頑固やのぉ
1番タチが悪いやつや」
わざとらしく、ため息をついた貯金箱は
やれやれ、と呟いてこちらに背を向ける。
子供相手とはいえ、初めて出会った人に
この貯金箱の口の悪さはどうかと思う。
だが拓海は、この目の前の横柄な豚の貯金箱が
まるで自分と母のことを知っているように
話していることが不気味で仕方なかった。
「お前は何者なんだ?」
恐る恐る口にした質問だったが、
貯金箱から帰ってきた言葉は荒々しかった。
「誰にお前言うとんねん!
トン師匠って呼べって言ったやろ!!」
振り返りざまに貯金箱が発した急な怒声に臆した
拓海では、言われてない、とは言い返せなかった。
しかし、貯金箱はさほど怒っていないのか、
昔の教え子が付けてくれた名前やねんけどな、
と唐突に昔語りを始めた。
あいつも難儀な奴やったわ〜、と
こちらが聞いているかどうかなんて確認もせずに
語り部のように語っていく。
こんな得体の知れない奴の話を長々と聞くのは
勘弁してほしいところだ。
「トン師匠は‥
拓海は自分の世界に半身浸かっている貯金箱に
質問に答えさせるため、そして話を終わらすため
気乗りではないが仕方なく名前を呼ぶことにした。
貯金箱は軽いジャンプで、綺麗に180度回転して
こちらにキラキラとした目を向ける。
犬ならば大きく尻尾を振っているだろう。
貯金箱は尻尾の代わりに体を振り小銭を
鳴らしていた。
「何で、僕のことを知ってるんですか?」
拓海は一番気になることを率直に聞いた。
喋る貯金箱にかき乱された頭を
正常に戻すのを諦めて、いっそのこと開き直って
単純に疑問を解決しようとしたのだ。
そんな一杯一杯になっている拓海のことなんか
気にしないように豚は淡白に返答する。
「そりゃ、わしは死霊みたいなもんやからな」
返事になってない。
だが貯金箱はそのまま説明を続けた。
「死霊って言うても、悪霊ちゃうで。
ちゃんとした高尚な生き物やからな!」
死んでるのか生きてるのかハッキリしてくれ、
と言いたいがグッとこらえ最後まで話を聞く。
「わしも昔は生きててんけどな
結構昔にぽっくり逝ってもうてん。
そしたらな、わしにぴったりの役職を与えるって
神様が言ってくれてん。
そんで今、拓海みたいな困ってる子供を助ける
役目にわしが選ばれたっちゅう訳や」
と堂々としたり顔で話を終えた豚に
拓海は抑えていた感情と共に言葉を投げかける。
「だから何で!僕のこと知ってるんですか!?」
少し大きな声を出してしまった自分に驚いたが、
目の前の貯金箱は平然とした顔で
「霊やねんから知ってるに決まってるやん」
とあっけからんに言い返した。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
拓海は自分が天国に行ったら生きている者の
プライバシーを守る法律を設立しようと
心に決めた。
「普通な、こんなかわええ貯金箱が動いて
喋ってるんねんから、拓海のこと知ってて
何もおかしくないやろ。頭が硬いのぉ」
今考えれば強引な論理だった気がするし、
喋る貯金箱に普通を語られたくないが、
拓海は知らず知らずのうちに目の前の豚の
貯金箱に毒されていたようで、。
自分にこんな不思議な事が現実に
起こっているんだ、自分のことは知られてても
おかしくはないかもしれない。
そんな風に考えられるようになってしまっていた。
拓海はむしろ自分の柔軟性の無さに反省しはじめた。
「まぁ、そういう訳や。
やから、おっちゃんは拓海の事やったら
なんでも知ってんで〜」
そう気味の悪い笑みを浮かべて話しかける貯金箱。
「おっちゃんは拓海を助けに来たんやで」
先ほどまでのふざけた態度から一変して
真っ直ぐ自分の目を見つめて真面目に貯金箱は
声をかける。
豹変した貯金箱に動揺しながらも拓海は
頭は冷静だった。
この貯金箱は自分を、助けてくれるのか?
拓海の心に少し喜びが注がれる。
でも‥
拓海の心の奥底から、ふつふつと湧き上がって
くるものは箱の中から溢れ出した、ドロドロとした
負の感情だった。
「誰も‥誰もそんな事、お前に頼んでない!」
周りに響き渡るほど大きな声だった。
自分の声が空に吸い込まれて消えていきだした時、
拓海はその場から逃げ出した。
「ちょっ、どこ行くねん!」
後ろから自分の名前を呼んでいる声が聞こえていたが聞こえないフリをした。
何で逃げているのか、何であいつの言葉に
心の底からイラいたのか、何で自分が泣きそうに
なってるのか、分からない事だらけだ。
ただ1つ分かっていたのは自分と周りも嫌いだ
という事だった。
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