第6話 「出会い」
まだ太陽が落ちるには時間が余っている夕方
こんな時間に帰るなんて久しぶりだ。
結局拓海は練習をサボった。
帰り際に職員室に寄り、ニッシーに大事を取って
休みますと伝え、そのまま職員室から離れた。
ニッシーが何と言ったのかは覚えていない。
本当なら熱は下がったので今日から練習に参加は
できるのだが‥
拓海は練習着とバッシュの入った無駄に重い
カバンを持ちながら1人で帰り道を進む。
家から学校までは徒歩で20分ぐらいだ。
学校までの行き道に踏み切りがあるため
学生は自転車は禁止となっている。
そんな自転車を使えば5分で帰れる道を
トボトボと1人で歩いている。
いつもはこの道を練習終わりにチームメイトと
色々なことを喋って帰る。
拓海はその時間が好きだった。
まだ先輩たちがいた時も一緒にこの道で様々なことを話し合って笑いながら帰っていた。
悠人がニッシーの授業で爆睡して、宿題の量が
倍になった事をみんなで馬鹿にして笑いあったり、徳山先輩が生徒会長になった時、
みんなにジュースを奢ってくれたり、
カンタ先輩が1つ下の学年の女の子に告白して
女の子に逃げられながら振られたことを慰めたり。
様々な楽しかった日々が道の風景に馴染み、
昨日のことのように思い出せた。
そんな皆で笑い合っているうちに、
1人、また1人と別の道に進み、気がついたら1人に
なって家に帰るのだ。
好きだった道が今では何だか物悲しい。
拓海は早く1人になりたかった。
普段ならばみんなの別れる道にさしかかる道に
入った時、ふと住宅街のゴミ捨て場が目に入った。
珍しく沢山のゴミが山盛りに積まれていた。
今日は月曜日だし、朝にゴミも回収されている
はずだ。
不思議に思い、近くまで駆け寄ると多くの資源ごみが置かれていた。
確か資源ごみは木曜日に回収されるので月曜日に
出すのはいけないのはずだが、
だが自分には関係ない事だ。
そう思い、拓海はゴミ捨て場を平然と横切る。
その時だった。
「おーい、君ー!」
誰かが誰かを呼んでいる声が聞こえる。
反射的に周りを見渡すが誰もいない。
空耳かな、と思いその場を離れようとするが
「君やー、学ラン着た君ー!!」
周りには誰もいないが不思議と声だけ聞こえる。
一体何なのだ、
もう1度だけ拓海は注意深く、周りを舐め回すように確認するが、やはり誰もいない。
少し疲れているのかもしれない、そう結論づけようとした。
「だから君って言うとるやろー!
自分が着てる服ぐらいおぼとけー!!!」
一体なんなのだ、この声は。
声は何かに塞がれているのか少しどもって
聞こえづらいが、おそらくゴミ捨て場からだろう。
拓海は少しずつ声のする方に向かう。
そして、ゴミの前までたどり着く。
「ほんま人が呼んでるのに返事せぇへんし、
自分もう少しシャキッとせなあかんで!」
カラカラと無機質な音と同時にゴミ袋がすこし
揺れた。
まさか、この中に人がいるのか?
拓海はゴミ捨て場の前で少し身構える。
一体誰がこんなとこで袋の中に埋もれてるんだ?
話し方からおそらく関西の人だろうが、
ホームレスだとしたら何でわざわざ関西から
こんな田舎のゴミ捨て場にいるんだ?
分からないことが多すぎて、より一層緊張感が
場に流れ出す。
しかし、そんな張り巡らせたワイヤーのように
硬い緊張の糸はすぐに緩むこととなる。
「久しぶりやのお!」
チャリンと小銭の音がする。
ゴミ捨て場に古いありふれた豚の貯金箱があった。
いや、喋りかけてきたの方が合っているのか。
しばらく拓海の思考が停止する。
「また返事無しかい、
最近の若い奴は礼儀がなってないのぉ」
と白々しくため息をついて、おっちゃんは悲しいわ
と憎たらしげに豚の貯金箱はつぶやく。
だが拓海は皮肉を真に受けるほど
冷静ではなかった。
拓海は目の前の不思議な物体をまじまじと見つめる。
「しかし、拓海はこんな男になってんなぁ〜
慌てんぼうのお母さんみたいな男になると思っててんけどなー」
と貯金箱は俺を訝しげに見つめる。
というか何で俺の名前と母さんのことを‥。
先ほどまでの胡散臭さより不気味さが湧き立つ。
「お前、なにもんだよ」
そう言うと目の前の貯金箱はニカっと笑い
こちらの質問に意味もなく大きな声で答えた。
「わいはトン師匠や!
拓海、お前の事を助けに来たんやで!」
大声で、しかもゴミ捨て場で告げるセリフではないが、ともかくこれが2人の初めての出会いとなった。
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