第4話 「情動」

 まだ太陽が照りつけ、活気溢れる声が至る所に

散らばっている放課後。

 校舎から直接、体育館に通じる道を通る拓海は

重たいカバンを持ってノロノロと進む。

そして、体育館下の薄暗い部室に辿り着く。

 部室を使えるのは2年からで1年は先生達の

駐車場あたりで着替えるのが伝統だ。

冬でも凍てつくような外でも学ランを脱がなければならないこの伝統は長く続いているらしいが、

いつから続いてるか、誰が考えたのか分からない、

形だけ残ったしょうもない伝統だ。

どうせ考えついた男は部室の狭さに不満があり、

解決策として出した案が今も伝統として残っているだけだろう。

伝統って最初は、しょうもない思いつきから

始まるものなのかな。

 そんな事を考えながら部室に入ろうとすると

扉に鍵がかかっていた。

今日は部室に来るのが遅かったため、誰かが

先に来て鍵を開けているだろうと思っていたが

自分が一番乗りらしい。

 念のため拓海は部室の向かいにある錆びた古い

下駄箱を見た。

なぜこの小汚い下駄箱を確認するのかというと、

部員達はバッシュをここに入れているため、

下駄箱の中にバッシュが無かったら、

誰かが体育館で練習しているため部室は開いている

というのが分かるからだ。

 拓海は自分のバッシュは持ち帰って毎日

手入れしているため下駄箱は使用していないが、

下駄箱を見ると他の部員の出席の有無が分かるため、たまにこうして覗いている。

 中を確認するが、誰もまだバッシュを取ってないようだ。

拓海は荷物を置き、鍵の置いてある教官室に向かう。

教官室は屋内スポーツの顧問をしている先生達が

過ごす小さな部屋で、中には冷蔵庫やソファなどが

置かれ、狭い部屋をより一層窮屈にしている。

 失礼します、とノックをして入り、鍵の箱か

「バスケ部室」と薄い字で書かれた鍵を持って

拓海は教官室を離れる。

 いつもなら何かしらの先生がいるが今日は

会議のせいなのか誰もいなかった。

いつもなら教師の最近どうだ、などの、

久しぶりに顔を合わせる親戚のような

うっとうしい近況報告に答えなければならなく、

しばらく好ましくない時間過ごさなければならないが、今日は教師が居なくて助かったと

ほっとしながら拓海は部室まで戻る。

 部室の前の扉に着き、乱暴に鍵を鍵穴に刺し

ガガッと鈍い音を立てながら拓海は鍵を開ける。

そして薄暗い部室の電気をつけ、カバンを持ち

中に入ろうとするが、妙にカバンが軽い。

 あれっ?

 今日は授業が多く荷物も多く、朝から重いカバンにうんざりしながら登校したはずだが‥

拓海は不思議と軽くなったカバンを開け、

中身を確かめる。

無駄に多い教科書に、大きさの割に中身の少ない

筆箱、残り少ない制汗剤や、いつも入れてある

持ち物はちゃんとそこにあった。

 だが拓海が何よりも大切にしている

だけが見当たらなかった。

おかしい、バッシュは部活のある日はカバンの中にいつも入れてあるし、朝練の時にはあったはずだ。

 拓海は部室の中に荷物を置き、教室にバッシュがあるか確認しに行った。

拓海のバッシュは白と青のアシックスで、

ブランドはゲルフープという最大限に軽くした

ボディが特徴のバッシュだ。

 もしかしたら‥

たまにバッシュを教室のベランダで干していて、

そのまま置き忘れることがある。

 今回も置き忘れたのかもしれない。

不自然に思いながらも拓海は教室にバッシュを

探しに行くため校舎の階段を駆け上がっていく。

 すると途中、階段の窓から校門で何か話し込んでいる田山達を見つけた。

3人は囲みあって何かを話し合っている。

拓海はすぐに目をそらし、窓の外に映し出された

風景を背を向けて走り出した。

 逃げるように走った拓海は教室にたどり着き、

ベランダに出るが、そこにバッシュは無かった。

 おかしいな‥

ここじゃなかったら一体どこに置いたのか

分からない。

拓海は今日の記憶を必死に遡りながら来た道を

戻って行く。

 階段を下り、もう一度来た道を引き返していく。

今頃、他の部員達が来て、練習着に着替えて

準備している頃だろう。

今日はニッシーは会議のため練習メニューは事前に

預かっているため、早く練習の用意しなければ

ならないがバッシュが無ければ練習ができない。

少しずつ焦りを感じながら拓海は歩くスピードを

速める。

 とりあえずバッシュを探す前に練習メニューを

副キャプテンの悠人ゆうとに伝えておこう。

悠人は気が小さく、声も小さいが周りへの気遣いとシュートセンスが、ずば抜けており

バスケの試合ではもちろんチームの中でも

拓海が頼りにしている数少ない仲間であり

友達の1人だ。

 とりあえず悠人に今日の練習メニューを

渡してから自分のバッシュを探そう。

そう思い部室に向かって走り出した。

そして部室前に着いた拓海は悠人がいるか

確認するため下駄箱の悠人のバッシュを探す。

 あれ、まだ来てないのか‥

悠人のバッシュは黒と赤のコンバースで、

最近買ったばかりのやつだ。

 他のバッシュと見比べると明らかに光沢の違いで分かる。

 どうしようか、

拓海は顎に手を置き、考え込み始めた時。

不意に下駄箱の横にあるゴミ箱に目が入った。

 うん‥?

 何かゴミ箱に‥?

拓海はゴミ箱の中を覗き込む。

すると、そこには白に青のラインが入っている

拓海のがあった。


 それを見つけた時、時や考えていた事が全て止まった。

自分だけが止まるのではなく本当に周りの風景の

全てが止まり、色が少しずつモノクロに近づいてい

く。

グラウンドで叫びながらランニングをしている

野球部の声も、体育館でネットの準備をしながら

談笑しているバレー部の声も離れていった。

 そして止まっていた思考や感覚、感情はダムが

決壊したように溢れ出して拓海を飲み込んでいく。

 拓海はをゴミ箱から取り出し、

部室の中に置いていた自分のリュックを

ひったくりのように奪い、うつむきながら校門を

駆け抜ける。

 何が自分駆り立てるのか分からず、

うまく説明できない気持ちが入り混じって

拓海をその場から引き離していく。


 どうして俺のバッシュが‥

 こんな事誰が‥

 何で俺のバッシュが‥

 何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で!!


 寄せては返す感情の波に揺さぶられ、

波の下へと沈んでいき、息をするのが

苦しくて辛くて怖い。

 なぜ自分は逃げ出しているのか、

なぜ自分は動揺しているのか、

この気持ちの名前が分からない。

 拓海は学校から飛び出すように逃げて行った。

何から逃げているのか分からない。

バスケからなのかバスケ部からなのか

自分の知らない悪意からなのか、

それとも自分の頭の奥底で顔を見せるおぞましい

思考から逃げているのか‥

 拓海は周りの奴らに見られないように人気ひとけ

少ない道を選んで走り続ける。

両の脚に悲鳴を上げているが、

それ以上の悲痛の叫びを上げている場所の声を

聴きながら拓海は逃げ出していく。

 かなりの遠回りをして家に着いた時には

息は上がりきり心臓は限界まで鼓動を鳴らしていた。

ガレージを見て車がなかった事を確認し、

家の中に誰もいないと確信して鍵を開ける。

家に入ると脱衣所に向かい身につけたものを

全て脱ぎ、シャワーを浴びる。

少しでも気を紛らわしたかった。

流れ出る汗を冷たいシャワーで洗い流す。

火照っていた体が冷えていき少しずつ気分が

良くなっていくが、拓海の心臓は熱く速い

脈拍のままだ。

濡れた体を拭き、部屋着に着替えてベッドに潜り込む。

 家に帰りだいぶ落ち着いてきたが、心臓の近くが

丸に区切られて、その一部分が頭に何かを

強く訴えかけている。

名前のわからない円は熱を帯びていて少し痛い。

こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、

異常な反応を見せてる胸の丸い部分がなんだと

理解するのには拓海はまだ若かった。

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