第3話 「ねじれ」
騒々しい餌を切り抜けた後、
いつものように学校に向かい、自分の将来の
どの瞬間で役立つか分からない授業を受ける。
金曜日の時間割は嫌いな授業は無いが
授業の順番に不満を拓海は覚える。
なぜ、よりによって3限の体育の後の
4限が数学なのだ。
体育の疲れが残っている体で、小さな数字の
公式などを細かに説明されたら
苦くて飲めないコーヒーを3杯飲んだとしても、
健やかな眠りについてしまう。
そんな眠気を誘う授業が全て終わった後、
拓海はいつものように部活へと向かう。
だが、その足取りは重く、体が部に向かうことを
拒絶するようだ。
行きたくない気持ちが全身に巡って、
気だるさを募らせる。
だがそんなわがままは言ってられない。
自分はキャプテンなのだから、
そう自分に言い聞かせて重くなった足を一歩ずつ
前に進ませる。
教室を出て、廊下掃除をしている生徒の間を
抜けていく。
通り抜ける時、誰も自分に目もくれないことが
悲しいようなホッとするような妙な気持ちになりながら歩いていく。
拓海はいつもなら、このまま階段を降りて
一度下駄箱に行って靴を取りに行くが、
最近は上履きのまま体育館に向かう。
なぜ自分の習慣を変えているのか、
その理由は拓海は自覚していた。
あの日の出来事を無意識に恐れているのだ。
あの日の出来事が起こる数日前、
拓海は新チームでの初めての練習の前に、
同学年の部員のみんなに練習メニューの変更と
時間を増やす事を提案した。
初めはみんな難色を示していたが、勝てばもっとバスケが楽しくなるとみんなを必死に説得して
半ば強引に納得させた。
そして俺はニッシーに練習メニューの改善と
増やす事をすぐに伝えに行った。
今のままでは勝てないから練習時間を増やしたいと
熱くニッシーにアピールを重ねた。
終始興奮していた自分とは対照的にニッシーは
冷静に、深く相槌を打ちながら
「他のみんなの了承は得たのか?」
と確認をしただけだった。
事前に了承は得ていたので、はいっ!
と力強く答えてニッシーの許可も得ることにも
成功した。
だがニッシーはなぜか曇った顔色を浮かべて、
仕方なさそうに、了承した。
俺は、そんなニッシーを気にする事なく
今までのメニューを丸ごと変えた。
俺たちはディフェンスが下手なため、
走るメニューを増やし、フットワークを鍛える事を優先した。
走るメニューが終わるとパスの基礎練やシュート
練習と基礎練が続き、基礎練に徹底した。
そして1on1をして最後にゲーム形式の5on5で
終わるというメニューだ。
時間が限られているため、メニューを増やすより
1つ1つのメニューをきっちりやる方がいい
という考えで組んでみたが、良くできたものだと
自分では気に入っていた。
今までの1on1と5on5しかなかった練習とは
体力的なキツさが違うが、これは普通に勝つ事を
目指しているチームの最低限のメニューだ。
こうして自分で作った練習をチームメイトに
伝えた時、ブーイングが起こったが、
キャプテン命令だ。とキャプテンの特権を活かしてみんなの不満を押さえ込んだ。
1日目は流石に初めての本格的な練習をするのは
みんなの体力と精神が追いつかないため、
軽く流す程度にしろとニッシーから命令が
あったのでフットワークや基礎練は少なめにした。
それでもみんな苦しい顔を浮かべて、
中には手を抜いているやつもいたが、
初日は見過ごしてやった。
もちろん練習終わりに釘は刺しておいたが、
そして事件が起きたのは、それから3日経った
後の練習の時だった。
楽しむための練習ではなく本格的な勝つための
練習に完全に移行した日で、
俺は先頭で必死になって練習をこなしていた。
その上で、同じく練習に励むチームメイトへ
声をかけ、サボる奴がいたら注意をしている。
大体、サボる奴はいつも同じメンバーだと
その時に気づいた。
中でも1番目立つのは同じ2年の
田山はバスケは上手いとはいえないが、
明るくて、いつも調子に乗ってはしゃいだり
楽しそうに5対5をする、ひょうきん者だ。
そんな部内のムードメーカーの田山は
新しい練習が始まった頃、表情が曇り出し、
練習前に楽しそうに話すことも少なくなり、
ため息ばかりついていた。
そんな田山の変化に、あの時は気づかなかった。
今になって気付いたことだった。
キャプテンなのに何も見えてなかった自分が
情けない。
そんな田山の募っていた不満や溜まった我慢が
爆発したのか、シュート練習の時に田山が打った
シュートが外れ、ボールがコートの外に出た時、
田山は近くにあるボールを鬱憤を晴らすように
野球の球を投げるようにリングにめがけて
投げつけた。
爆竹が鳴ったような音が体育館に響き渡り、
リングを大きく揺らしたボールは反対のリングの
下まで転がっていった。
「つまんねぇよ」
そう言い捨てて、田山は帰ろうぜ、と他の部員を
引き連れて練習の途中で帰った。
今まで見たことのない田山の激昂した顔を見た
拓海は田山達を止めに行く事が出来なかった。
手に持っているボールが手の温度を消していくようで、喉はフィルターがかかっていて、呼び止めようとした言葉は胸の内へと押し返されていく。
田山たちが出て行く姿をただ見つめる事しか
出来なかった拓海は、ぼんやりとチームの
結び目がほつれてきていると認識しはじめた。
その次の日から田山達は部の練習に来なくなった。
これがあの日の出来事だ。それ以来、拓海は
田山と会う事を意図的に避けていた。
だが拓海は田山が練習に来なくなって3日経った日から、連れ戻そうとしている。
ミニバスの時はやる気のないやつは、放っておいてきたが今の俺の立場はキャプテンだ。
キャプテンが部員を放っておくのはまずいし、
何より田山が練習をサボっていることに怒りを
覚えていた。
新チームが指導したての今の状況で2年が
結束しないでどうする。
日にちが経つにつれ田山の身勝手な行動への
拓海の不満が少しずつぶり返して来ていた。
この時の拓海はキャプテンに与えられた役割のような義務を果たそうとしていた。
拓海は昼休みの時に田山のクラスへ向かった。
そしてドアの前までたどり着き、田山がいるか
ドアの小窓から確認するように中を覗く。
いた、目立つ田山は後ろの座席で来なくなったバスケ部の2人と楽しそうに喋っていた。
大げさに笑っているわけでもなく、
空気を読んでの愛想笑いでもない、
ただ仲のいい友達との居心地の良さを感じた時の
自然な微笑みと笑い声が田山の空間に満ちていた。
すぐにでも田山と話をしたかったが、拓海は
ドアに手をかけるのをためらった。
田山たちが楽しそうに話をしている、その光景に
見覚えがあるからだ。
あれは一つ上の先輩たちがいた頃の部活終わり、
田山はいつも笑顔で今日の自分の良かったところを自慢するように話していた。
部活が始まる前も田山は嬉しそうに周りの奴らと
喋っていた、でもその笑顔は全て先輩たちが
いた時のものだった。
その笑顔は、自分の練習の時にしていたか?
言葉では説明できないモヤモヤが胸を支配する。
連れ戻そうとしたい気持ちと裏腹に連れ戻せない
気持ちに気づいた拓海はドアの前から離れ、
気配を消しながら自分のクラスへ戻った。
何かを後悔している者のように、何かを反省するように、自分の足をじっと見つめながらゆっくりと
来た道を引き返していく。
この時に拓海は悟ってしまった。
田山や、他の部員と、自分との根本的な違いを‥
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