第16話
「それで、1時間くらい映画館の近くのカフェでコーヒーを飲んで、仕事のお話とか映画のお話をして帰ったよ」
と、明日菜ちゃんは言った。
「それじゃあ、やっぱり岬春奈さんには、和久井を殺害するのは無理ですね。やっぱり、本多弁護士が犯人なんじゃないでしょうか?」
と、僕は言った。
「そうだよ。春奈さんも、ちゃんと座って映画を見ていたよ。その、本多っていう人が犯人で決まりだよ。お姉ちゃんは、間違っているよ。ねえ、明宏さん。今日から、坂井探偵事務所に変えちゃえば?」
「えっ?」
坂井探偵事務所か――
僕と明日香さんが結婚したら、坂井探偵事務所に――
いやいや、こんな時に、こんな妄想は不謹慎か。
「明宏君には、100年早いわよ」
と、明日香さんが言った。
「そ、そうですね」
と、僕は頷いた。
「100年ねぇ……。数年後には、本当になってたりして」
と、明日菜ちゃんが言った。
「えっ? どういう意味?」
と、僕は聞いた。
「ちょ、ちょっと明日菜! 余計な事を言わないでよ!」
と、明日香さんが慌てて言った。
「はーい」
気のせいだろうか、明日香さんの顔が赤いような。風邪でも、ひいたのかな?
「明日香さん、着きましたよ」
僕達は、シネマFにやって来た。
しかし、Fって、どういう意味だろうか? まあ、そんな事は、どうでもいいけれど。
僕達は駐車場に車を停めると、映画館に向かった。
僕達は、エレベーターで二階に上がった。
「思ったよりも、人が少ないですね」
と、僕は言った。
明日菜ちゃんの話から、もっと身動きが取れないくらい人がいるのかと思っていたけど、それほどでもない。
「ちょうど、6時45分の回が始まった頃だからでしょう」
と、明日香さんが言った。
なるほど、前の回は20分前に終わって、出てきたお客さんは、もういない。それに、この次の回を見るお客さんは、さすがにまだ来ていない。もちろん、他の映画を見るお客さんが少しいるけれど。
「明日菜。ここで、波崎成美さん――いえ、岬春奈さんが、誰かと話していたのね」
「うん。春奈さんは、ファンの人って言ってたけど」
「けど?」
「なんか、凄く真剣な顔で話していたような気がするの。何を、話していたんだろう?」
「そう――真剣な顔でね」
僕は改めて、劇場の中を見渡してみた。
入り口から右の方に、チケット売り場がある。どうやらここは、自分で機械を操作して発券するようだ。
機械のところには、若い女性従業員が二人いる。機械の操作が分からない人に、説明をしているみたいだ。
そして、チケット売り場の左では、飲み物やポップコーンなどを売っている。そのまた左では、映画のグッズや前売り券を売っているみたいだ。
そして、劇場の入り口から左の方には、トイレがある。
入り口から真っ直ぐ進んだところで、従業員がチケットを確認する。
そこを抜けて、左側の手前がスクリーン1、左側の奥がスクリーン2、中央の奥がスクリーン3。このスクリーン3が、一番大きいようだ。
そして、右側の奥がスクリーン4、右側の手前がスクリーン5だ。
それぞれのスクリーンは、出入口が一つだけのようだが、スクリーン3だけは、左右に一つずつある。
そして、スクリーン2とスクリーン3の間に女子トイレが、スクリーン3とスクリーン4の間に男子トイレがある。
明日菜ちゃん達が見た映画は、一番大きいスクリーン3だ。
「明日香さん、これからどうしますか?」
と、僕は聞いた。
「そうね――中に入ってみたいけど、もう始まっているから、入れないかしら?」
「どうでしょうかね? 多分、まだ予告編が流れていると思いますから、最初から見れるんじゃないでしょうか?」
「別に、映画を見たいわけじゃないわよ。中を、確認したいだけよ」
「そうですね」
そういえば、仕事中だった。危うく、忘れるところだった。
「今から入れるか、聞いてみましょうか?」
僕達は、チケット売り場の女性従業員に、聞いてみる事にした。
「すみません。今から、『あなたの名は』って、見れますか?」
と、僕は聞いた。
「申し訳ありません。スクリーン3は、満席でして。今からは、入る事はできません」
と、女性従業員は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうですか。人気映画だから、仕方がないですね」
「お姉ちゃん。次の回だったら、空いてるんじゃない?」
と、明日菜ちゃんが言った。
「次の回でしたら、まだ10席くらいは空いていますよ」
と、従業員が機械を操作しながら言った。
「明日香さん、どうしますか?」
「ただ、三人並んでというのは、ありませんね。お二人でしたら、ありますけど」
「でも、今は、あんまり人がいないのに、そんなに売れているんですね」
と、明日菜ちゃんが言った。
「そうですね。ほとんどの席が、インターネットでの事前予約で売れてしまっているので」
「インターネット?」
と、明日香さんが聞いた。
「はい。三日前から、インターネットで事前予約をする事ができます。次の回は時間が遅めなので、若干余裕がありますけど。会員になられて事前予約をすると、色々と特典もありますので便利ですよ。よろしければ、こちらを」
と、従業員が、僕にパンフレットを渡した。
なるほど。会員になると、割り引き等の特典があるみたいだ。
「因みにですが、今の回は事前予約の人って、どれくらいか分かりますか?」
と、明日香さんが聞いた。
「そうですねぇ……。スクリーン3は300人くらい入るんですけど、かなりの人気映画なので、8割近くは事前予約で売れていたと思います」
「因みに、先週の金曜日の同じ回も、8割近くは事前予約ですか?」
「そうですね。多分、そうだったと思いますけど」
「明日菜。春奈さんは、事前予約をしていたの?」
「さぁ? そんな事は、言っていなかったけど。私は、事前予約のシステムの事は知らなかったから、私の方でも、そんな事は聞かないし。でも、事前予約をしていたのなら、隣の席が取れたんじゃないかな?」
確かに、明日菜ちゃんの言う通りか。
それとも、ギリギリに事前予約をしたので、離れた席しかなかったのだろうか?
「お客様、どうされますか? 次の回の残りの席も、少なくなってきましたけど」
僕達が話を聞いている間にも、お客さんがやって来て、どんどん席が減っていく。
「すみません。その回が完売するのって、上映開始のどれくらい前ですか?」
と、明日香さんが聞いた。
「そうですねぇ……。曜日や時間帯によって、さまざまですけど。金曜日の18時45分の回ですと、2時間近く前には売れてしまいますね。先週も、それくらいだったと思いますし。あっ、次の回も完売しちゃいましたね」
いつまでも、従業員の仕事を邪魔しては悪いので、僕達は劇場の入り口のところへ戻った。
「明日香さん。これから、どうしますか?」
と、僕は聞いた。
「妙ね……」
と、明日香さんは呟いた。
「妙? 何がですか?」
「明日菜の話と、従業員の話が矛盾しているわ」
「どういう事ですか?」
「従業員の話が正しければ、岬春奈さんがここに来た時には、既に売り切れでチケットを買えなかったはずだわ」
「言われてみれば、確かにそうですね。やっぱり、ギリギリに事前予約をしたので、隣の席が空いていなかったんじゃないですか?」
「それは、どうかしら? 2割残っていれば、隣同士の席が一つもないなんて、あり得ないと思うけど」
「うーん……。2割だと、60席くらいですか。確かに、それだけあれば、全くないというのは不自然ですね」
そうだとすると、岬春奈さんは、わざと事前予約で、離れた席を取った事になる。
「明日香さん。従業員に聞けば、事前予約で取られた席か、当日取られた席か分かるんじゃないですか?」
「そんな事、教えてくれないわよ。それは、鞘師警部に頼みましょう」
「あれっ? お姉ちゃん。スクリーン3から、人が出て来るよ」
と、明日菜ちゃんが、劇場の奥の方を指差しながら言った。
そちらの方を見ると、確かにスクリーン3の出入口から、たくさんの人が出て来る。
「まだ、7時ですけど、何かあったんですかね?」
と、僕は時計を見ながら言った。
「二人とも、よく見てみなさいよ」
と、明日香さんが呆れながら言った。
「えっ?」
「出てきているのは、スクリーン3じゃなくてスクリーン4のお客さんでしょう」
「あっ、本当ですね」
確かに、よく見ると、スクリーン4のお客さんだった。スクリーン4の映画の終わる時間が、7時ちょうどだった。
正面から見ると、スクリーン4の出入口とスクリーン3の右側の出入口が、ちょうど重なって見えるので、勘違いしてしまった。
「そうだよね。映画の途中で、そんなにぞろぞろ出て来るわけがないよね。あんなに大勢で、トイレに行く事もないだろうし」
と、明日菜ちゃんが笑った。
「映画の途中――」
と、明日香さんが呟いた。
「明日香さん。どうかしましたか?」
「スクリーン3の上映時間が、6時45分から8時45分。スクリーン4の上映終了が7時ちょうど――」
明日香さんは、なにやら呟きながら、先ほどの従業員のところに歩いていった。
「すみません。先週の金曜日と今日では、上映時間は同じでしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「いえ、スクリーン1とスクリーン5は違う映画なので、時間は全然違いますね。スクリーン3、4、5は、午前中がちょっと違うんですけど、午後は同じです。よろしければ、こちらをどうぞ」
と、上映スケジュールの書かれた紙を渡してくれた。
「ありがとうございます」
と、明日香さんは頭を下げた。
「明日菜達が見ていたのが、スクリーン3の6時45分から8時45分。これに、いいタイミングで重なるのが、スクリーン4が5時10分から7時ちょうど。スクリーン2が8時15分から10時10分ね」
いいタイミング?
「明日香さん。それが、どうかしたんですか? スクリーン4は、その次の回も7時30分から9時10分なので重なっていますよ」
「それは、タイミングが合わないわ」
「さっきから、タイミングって、何の事ですか? それと、携帯電話で何を見ているんですか?」
さっきから明日香さんは、携帯電話を操作して、何かを見ている。
明日香さんは、僕の質問には答えずに、
「ちょうどいい席が、空いているわね――明日菜。明日の夜は、空いてる?」
と、明日菜ちゃんに聞いた。
「えっ? 明日なら、空いてるけど」
「それじゃあ、明日の夜三人で、映画を見ましょう」
「別に、私はいいから、明宏さんと二人で見てくれば?」
「いいから。明日菜も行くのよ」
「そっか――二人だけで行くのは、照れくさいのね」
「誰も、そんな事は言っていないでしょ。とにかく、行くのよ」
「分かったわよ」
「明宏君。明日は休んでいいから、6時30分頃に直接ここに来てね。私と明日菜は、車で行くから」
「は、はい。分かりました」
別に、僕も探偵事務所に行ってから、一緒に車で行ってもいいのだけど。
まあ、明日香さんと一緒に映画を見れるのは、嬉しい事だ。
「それじゃあ、今日は帰りましょう」
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