第4話 身代わり

「私の父と母は、ショ=ウナン国を治めているの。といっても王国の中の小さな領土だから、大したものではないのよ。年々王国への税負担が増えて、今年は日照りが続いたおかげでとうとう税が納められなくなって……」


 ツィトゥリの耳がどんどん垂れ下がっていく。

 私とは住む世界が全く違うから想像もつかないけれど、とても大変な状況だということは分かる。


「納税の代わりに私の縁談話が持ち上がったの」

「縁談?!」


 どう見てもツィトゥリは私とそれほど年齢が変わらない。高校生になったばかりの私に、縁談なんてそれこそ異世界の話くらい遠くて、話についていけなかった。


「私、もう一五歳ですもの。縁談の一つや二つはあってもおかしくないわ。でもね、先日あるお方にお会いしてしまったのよ」


 なにそれすごい!

 ツィトゥリは街のお祭りで他国の青年に恋をしたらしい。

 恋だって。

 恋なんて、憧れの先輩を追いかけて高校に入ってみればすでに彼女がいたことを思い知らされた私にとって、今は考えたくもない問題だ。

 だけど。

 ツィトゥリの深い青い瞳がきらきら輝くのを見ると、私も嬉しくなる。


「王弟の第三王子は地方へ赴任していることが多くてお顔を見たことがないけれど、噂によると見目もお人柄も良いそうなの。だけど、知らない誰かよりもあのお方について行きたいの。でも……お父様とお母様のことを考えると、ワガママを言うわけにはいかなくて」


 ツィトゥリの目から涙がこぼれる。


「すごいね。そんなに誰かを好きになれるなんて、すごいよ! 私になにかできることないかな。そういえば「お願い」ってなに?」

「そう、お願いがあるの。千鳥、あなた私の代わりに第三王子に会ってくださらない?」


 どういうこと?

 ツィトゥリの代わりに王子に会うって……

 つまり……


「えぇぇ〜?!」

「ダメ〜! 静かにして!!」


 いやいや、無理でしょ。黙ってられるわけないじゃん。

 だって、代わりに結婚して、ってことでしょ。

 さすがにそれはないよ。


「とにかく隠れて!」


 私の声で誰かが駆け寄ってくる音が聞こえ、ツィトゥリは慌てて私をベッドの中に押し込めた。

 無理やり押すから、私はカバンを落として中身をぶちまけてしまう。大したものは入っていないから構わないけれど、ポーチにしまっていたシーグラスまで散らばってしまったのには焦る。ツィトゥリが踏んで怪我をしなければいいけれど。靴底が薄そうだからちょっと心配だよ。


「ツィトゥリ様!」

「何事ですか?!」


 女性二人の声と、部屋の扉がばーんっと派手に開かれる音がした。


「あ、あの。なんでもないの。大丈夫よ。ちょっとマルシェで買ったものが散らばってしまっただけ」

「またお一人で街に出られたのですか?」

「お出掛けになるときは私をお連れください。でないと私が叱られてしまいます」

「ごめんなさい。少しだけ用事があったのよ」

「一体どんなご用事ですか。おっしゃっていただければ、お私どもがいたしますのに」

「私が自分でしないといけない用事だったの!」


 二人はツィトゥリをたしなめながら、てきぱきと散らばった荷物を拾い集めているようだった。


「あら、この本、異国の文字で書かれていますのね」

「ツィトゥリ様は異国の言葉をお勉強中だったのですか? あんなにお嫌いだったのに、お心を入れ替えてくださったなんて……」


 涙ぐんだ侍女の声に、私の耳が痛くなる。私も勉強はあまり好きじゃないから。


 「それにしても不思議な文字ですわね。どこの国の言葉なのか、私は見たことがございません」

「ふ、古い文献について書かれているのよ」

「それにしてはとても上質で新しい紙のようですわ」

「そ、そう。えぇと、だからね、異国の学者さんがマルシェで調査をすると聞いて、お話を伺いに行ってきたのよ。そのときにいただいたの」

「なんと、ツィトゥリ様がそれほどまでに熱心になられるとは。私は嬉しゅうございます」


 一人はとうとう声が出せないくらい泣き出した。

 もう一人の侍女は我関せずと荷物を拾い続けているみたいだ。


「あら、これは……なんてキレイな石なんでしょう! まぁ、ここにも!」


 たぶん、シーグラスを拾ったんだ。

 確かにキレイではあるけど、ただのガラスだし白くざらざらにくもっているんだから驚くほどではないと思うけれど。


「あ、あの! それもね、えぇと、学者さんにいただいたの!」

「本当ですか? こんな不思議な石はおそらく相当に高価なのではございませんか?」

「そ、そうなのよ。もしかしたら小麦の代わりに納税出来ないかと思ったの。それで学者さんにご相談に行ったのよ」

「ツィトゥリ様……それほどまでにご縁談がお嫌だったとは。私、存じませんでした」


 もう一人の侍女までさめざめと泣きだした。


「そ、そういうわけじゃないの。でもね、ほら、あの、私が嫁いだあとも納税の問題は続くでしょ。だから、今後のことはいずれ必ず考えなくちゃいけないじゃない」

「ずっとお小さいままだと思っておりましたのに、なんと慈悲深くお育ちになったのでしょう」


 ベッドから出るタイミングが見つからないままずっと三人の会話を聞いていた私はいたたまれなかった。

 もし私がツィトゥリと同じ立場なら、家族や周りのことまで考えたら、自分一人だけ好きな人を追いかけて行くことができるんだろうか。

 でも、ちょっと待って。

 これが私の夢なら、もっと色々やってみてもいいんじゃない?

 せっかくなんだから、顔も性格もいい第三王子とやらに会うのもいいかもしれない。

 噂が嘘なら逃げちゃえばいい。夢なんだから、結局誰も困らないじゃない。

 もし私が拾ったシーグラスに価値があるなら、全部あげてもいいし。

 布団の中で色々考えていたら楽しくなってきた。

 早く外に出たい、と思ったときにツィトゥリが大きな声を出した。


「とにかく! 私は今考えなくてはいけないことがありますの! だからお願いだから出て行ってちょうだい!」

「ですが、夕刻にはィナムラ王子がご到着されます。そろそろ準備をしなくては」

「存じてますわ。あなたたちも忙しいでしょ? 私は一人で大丈夫だから。早く手伝ってきて!」

「かしこまりました。それでは謁見の二時間前にはこちらに参りますので」

「大丈夫よ。もうドレスも首飾りも決めてあるもの」

「では、また後ほど。失礼いたします」


 二人の侍女は部屋を出て行った。

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