第3話 猫耳姫

 目深にかぶったフードで見えないけれど、私を引っ張って走っているこの女の子にもきっと猫耳が生えているに違いない。フードの上の方がモコモコしているし、もう何分も経っているのに息切れもなく軽やかに足音も立てずに走り続けているのだから。

 対して私は、ぜいぜいと荒い呼吸をしながらもつれそうになる足をなんとか交互に前に出すのがやっとだった。

 ほどなくして、高い壁がそびえる大きな建物にたどりついた。

 女の子は守衛さんのいる正門を避け、壁づたいにさらに歩いていく。物陰に隠れて目立たない場所に壁が崩れて空いた穴があり、彼女はそこから中へ入っていった。

 私も一緒についていくと、壁の中はよく手入れされた庭園が広がっていた。


「キレイ。植物園みたいだね」

「ショクブツエン?」


 聞いたことがない、といった顔をして、彼女は私に聞き返した。


「知らないの? いろんな植物が見られるところだよ」

「ショクブツエン……それじゃあ、ここもショクブツエンかもしれないわね。私の家だけど」

「家?! あなたの家なの? こんなすごいところが? もしかして、お姫さ……モゴ!」

「静かに!」


 フード越しにちらりと見えた瞳が私を鋭く射抜く。

 どきりとしたけれど、それは冷たいものではなく、澄んだ深い青が印象的だった。


「とにかく部屋まで急いで!」


 小声で言うと彼女が再び手を引いて走り出す。

 私は必死で追いかけた。

 裏庭に面した小さな扉から大きな館に入ると、ひんやりとした石の匂いがした。

 彼女が足音を立てずに走る中、私は革靴でドタドタと騒音を発して叱られる。でも、私は猫じゃないし忍者でもないし、石造りの廊下がこんなに音を響かせるなんて知らないもの。できる限り静かに走ろうとしているんだから許してほしい。

 幸い、彼女の部屋に着くまで誰かに会うことはなかった。


「もう、びっくりよ! あなたってそんなに細いのに、どうしてそんなに重そうな音がするの?」

「ほ、細い?」


 うそ、私はあと二キログラムをどうやって落とそうかと日々悪戦苦闘しているのに。


「そうよ、私なんていつも痩せたくてご飯を我慢しているのに」

「本当に? あなたこそ全然足音も立てないで走れて、軽そうじゃない」


 私たちは二人して苦しくなるくらい笑った。


「はぁ……笑いすぎて疲れちゃった。そうだわ、あなたのお名前はなんて言うの?」

「私? 千鳥。浜野千鳥だよ。あなたは?」


 彼女は大きく目を見開く。


「こんな不思議なことってあるのね……私の名前もツィトゥリっていうのよ」


 ツィトゥリ。ショ=ウナンという地名といい、彼女の名前といい、私にゆかりがあるとしか思えない。

 そうか、これってもしかして明晰夢?

 でも、浪漫屋骨董店に行ったことは夢ではないはず。変なの。


「どうしたの?」


 ツィトゥリが不思議そうに私を見つめる。


「あ、ごめん。私、どうしてここにいるのかな、って思って」

「そうね、私も不思議に思うけど、私たちは会うべき理由があったのよ、きっと。ねぇ、千鳥。今からあなたはものすごく驚くと思うわ。でも、大声は出さないでね」


 私の返事を待つでもなく、ツィトゥリはフードをゆっくりと持ち上げた。


「!!!」


 彼女の、ツィトゥリの頭には想像通り可愛らしい真っ白な猫耳が生えていた。驚いたのはそこではなく、フードに隠されていた顔が私にそっくりだったのだ。深く青い瞳の色と、薄桃色のキレイな肌が私とは違うけれど。それでも、目が合った瞬間は鏡を見ているのかと間違うほどだった。


「大丈夫? もう声は出さない?」


 フードを外すと同時に私の口をぎゅっと塞いだツィトリが私に確かめる。

 私がこくこくとうなずくと、彼女はやっと手を離してくれた。


「ね、驚いたでしょ? 私も思わず叫びそうになったもの」


 そう言って、ツィトゥリはくすくすと笑った。

 確かに、私たちは会うべくして出会ったのかもしれない。

 だけど、一体どういう理由で?


「あのね。私、あなたにお願いがあるの」


 座って、と天蓋つきのベッドを勧められ二人で並んで座ると、ツィトゥリが少しずつ話し始めた。

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