第2話 消えたお店

 さっきまで目の前にいたおばあちゃんはおろか、鍵つきの箱もなければ、所狭しと並んだ骨董品もない。天井の代わりに青々とした空が広がり、お店の代わりに露店で賑わう広場があった。


「なにこれ? おばあちゃん、どこ? ねぇ、海は?」


 百歩譲ってもありえないけどお店が急になくなったとしても、海まで消えるなんておかしくない?

 学校は?

 なんて、急に現実に戻って見たけれど、現実そのものが消えてなくなっていて、ただの高校生の私が理解できる範疇を超えていた。

 こんな街、今まで見たことがない。

 噴水を中心とした広場は石畳が敷いてあり、野菜や果物、花、洋服、アクセサリーなど、さまざまなお店が並んでいる。それだけ見ればおしゃれな街の普通のマルシェなんだけど、歩いている人たちの服装が全然違う。顔立ちも、全然。

 だって、だって。

 普通の日本人に見える人たちもいるけど、猫耳や尻尾が生えているんだから。


「なんかのお祭り? ってか海どこよ?」


 移動すべきじゃないと思うのに、人波に流されて立っていた場所からどんどん離れていく。戻ろうにも、逆方向への流れが見えない。猫耳なんかつけて可愛い格好をしているくせに、身長はなぜか私より高い人たちばかりだから視界がさえぎられてしまう。


「スリだ!」


 誰かが叫んだ。

 言葉が分かる。それは救いだった。

 気をつけなきゃ、と思うまもなく、スリらしきすばしこい小さな少年らしき猫、っぽい子が私に体当たりしてそのまま逃げていった。

 カバンだけはぎゅっと抱きしめていたおかげで盗られなかったけれど、私は尻餅をついた。


「痛い!」


 尻餅をついたことじゃなく、人波の奥底に沈んだことで新たな危機が訪れる。

 誰も私に気づかずに、つまずいたり踏んづけたりするのだ。

 どうしよう。怖いよ。


「助けて!」


 なんどもぶつかられそうになったり踏まれそうになったりして涙がこぼれそうになったとき、誰かが腕を引っ張って人波から救い出してくれた。


「こっちに来て!」


 小さい声だったけれど、高く澄んだキレイな女の子の声だ。

 ショックでなにも答えられないまま、手を引かれて路地裏まで走った。

 砂色のフード付きローブを顔が隠れるほどかぶったその女の子は、手を繋いだまま私の方へ向き直った。


「大丈夫? 怪我はないかしら?」

「大丈夫、ありがとう」

「よかった。急に沈んでいくから驚いたわ」

「私のこと見てたの?」

「えぇ。あなた、ずいぶん珍しい格好をしているから目立つもの。とにかく、まずはこれをかぶって」


 彼女はローブの下からストールのような薄い布を取り出して、私の頭からかぶせた。それが一体どういう意味なのかは分からなかったけれど、ひとまず「ありがとう」と言って彼女に従う。なにか宗教上の理由があるかもしれないもんね。


「あ、そうだ。ここは一体どこ?」

「どこって、ショ=ウナン国よ」

「ショ=ウナン?」


 女の子がふざけているようには見えないけれど、狐につままれたような気分だった。

 だって、私がさっきまでいた地域と名前が似過ぎている。


「そうよ、知らないの?」

「う、うん……」

「この国の民ではないのね。あなたは一体どこから来たの?」

「えーと、なんて言えばいいか……」

「そう、訳ありなのね」


 訳ありってわけではないけれど、うまく説明できる気がしなかった。


「私でよければ話を聞かせて」

「でも、信じてもらえないかも」

「あら、分からないじゃない。私は異国の話もよく聞くから、あなたの国のことも知っているかもしれないわよ」


 異国、ねぇ。異国どころか、猫耳の人なんて私にとっては異世界なんだけど。


「とにかく私の部屋にいらっしゃいな」

「ま、待って!」

「いいから、遠慮しないで!」


 女の子は有無を言わさず私の手を再び引いて走り出した。

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