血しぶき
朝凪 凜
第1話
いつもの4人組。
安芸が顔を出してみんなに挨拶をする。
「はよー」
「はやくねーよ、遅いよ」
憂が突っ込むのももっともである。既に3限の時間なので昼過ぎである。
「まあまあ、私授業ないんだよね、今日」
「じゃあなんで来たの!」
「うーん、なんとなく? ほら、今日だったらみんないるかなーと思って」
「大丈夫。ちゃんといるよー」
桃香が返事をしてくれた。みんなで話しているここは購買前のラウンジである。
「じゃあ今日は何しようか」
「はいはい、あの喫茶店がいいと思う!」
言ったのは千尋だ。あの喫茶店とは安芸がバイトしている喫茶店のことである。
「えー、やだなー。ここでもう少し話してよーよ」
「安芸ちゃんだって、バイトしていない時のお店とか見てみたくない?」
「お客の時の方がなんかむず痒くてつらい……」
「しょうがないなー。じゃあちょっと場所移して絵画のレポート手伝ってくれない?」
「よーし、みんなで遊ぼう遊ぼう」
みんなして空き教室へ移動をする。移動中にどんなレポートなのかを訊いてみると、絵を描けば良いらしい。しかも特に指定はないが、ただ描くだけではダメとのこと。という話をしていたらたまたま空いていた教室(とは言っても講義をしていない教室はほぼ空いている)に入って千尋が準備を始める。
「どんな絵を描くの?」
「まあ、適当に抽象画なんかでいいんじゃないかな。スタンピング——えーっと、判押しとか」
「じゃあじゃあ、前にテレビで見た絵の具を垂らしてやるやつとかは?」
「絵の具を垂らす……? アクションペインティング? 紙に絵の具を垂らしたり筆を振ったりして絵にするやつ」
「んー、ちょっと違うかな? 水の上で絵の具を垂らして紙に移してた」
「じゃあマーブリングかな?」
「モモすごいね、なんでそんなの覚えてるの?」
「いやー、これなら絵がヘタなうちでも描ける! って思って見てたの」
「でも準備とか片付けとかが面倒だから無しね。アクションペインティングで遊んでなさいな」
「やった! じゃあ赤絵の具ちょうだい!」
「なんで赤?」
と言いつつ赤色の絵の具と筆を渡す。
「ふっふっふ。この赤はね、筆を振ったりして服についた時にみんなから心配されるから楽しいのです」
「いや、別にそんな話は聞いてないんだけど、そんな理由か」
「そもそも赤の絵の具じゃ血の色にはならないんじゃない? もっと赤黒い感じだったと思うけど……」
「そんな大量の血を出すわけないじゃない! ちょっと飛び散った程度の薄い赤がこの絵の具の赤色にちょうど良いの!」
「そういえば血で思い出したけど、その赤にまつわる話で変な話があるの」
そう言って千尋がぽつりぽつりと話し始めた。
「むかしむかしあるところに、自分の血で絵を描いた人がおりました。毎日毎日少しずつ血を出して、血液が固まる前にキャンバスに描いていました。しかし絵を描き始めてひと月経過したある日、ぱたりと人の気配が無くなったのです」
「血を出しすぎて死んだんじゃね?」
茶々を入れる憂。そしてちゃんとそれに返事をする千尋。
「残念、違いました。家族からも気味悪がられてあまりその部屋には近寄らなかったのですが、その日を境に食事にも出てこなくなり、怖くなった家族はその部屋に入りました。すると——」
「すると?」
「部屋の中は真っ赤で、壁という壁にまるで飛び散ったような血があったのです」
「殺人事件かな」
今度は安芸が思ったことを口にするも相手にはしない。
「いいえ、その血で染まった部屋の真ん中にはイーゼルとその足元に描かれたキャンバスが横たわっていたのです」
「イーゼル?」
またも安芸が知らない単語を聞くと
「絵を描く時に立てかけるやつよ。ほら譜面台と一緒」
「あ、なるほど。分かりやすい」
憂が代わりに答えてくれた。
「で、そこの絵にはなんと、殺された自分の絵が描かれていたのです。そしてドアの前に置き手紙が書いてあり」
「遺書かな」
「お前ら殺しすぎだろ。『身体中真っ赤になったから銭湯に行ってきます』と書かれていたそうな」
「銭湯って! 血だらけでか!?」
「銭湯に行った人は、両親が部屋に入って少ししてから同じ格好で戻ってきた。なんと警察と一緒に。血だらけで銭湯に入ろうとしたと銭湯の受付から言われていくらいても取り合ってくれなかったんだそうな」
「かわいそう」
「しかも部屋に入ってきたらまたこの惨状だから警察はすぐに確保して取り調べを受け続けたとか」
「うわぁ」
「で、最後に部屋を血液検査で確認したら絵画の一部を除いて全部絵の具でした。っていうオチ。しかも部屋中の血しぶきみたいなのは全部水彩絵の具で後始末しやすいようにしてくれてた」
「お、最後いい人」
「いろんな意味で残念な人だね……」
血しぶき 朝凪 凜 @rin7n
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