140字小説集

坂岡ユウ

色彩恋愛理論

001

今日は彼と東京タワーで待ち合わせ。少し寝坊したけど、なんとか五分前に着くことができた。せっかくのデートだから、もっと御洒落がしたかったんだけど。どうやら、彼はこれまで見たこともないようなデートをしてくれるみたい。楽しみだけど、少し不安でもある。たぶん、彼なら大丈夫でしょ、たぶん。


002

彼は時間通りにやってきた。さらっさらの短い髪と、シンプルながらも要点を抑えたファッションが最大の魅力である。


「(私の名前)、待った?」

「いや、全然。」

「よかった...」


私は彼と共に、デートスポットへ歩き始めた。実のところ、私もその場所を知らない。私は、彼の手を握った。


003

しばらく歩くと、何処にでもあるような二階建ての住居に辿り着いた。ここがデートスポットらしい。彼が私の手を引っ張る。正直言って、そのときの私は少し落胆していた。「こんなところで何するの…」という想いもあった。だけど、折角ここまでやってきたんだ。久々のデート、なるべく楽しもう。


004

家の中に入った。外もそうだけど、中もごく普通だった。だけど、何かおかしい。一軒家のわりに居住スペースがあまりにも狭いのだ。彼に聞いてみたけど、何も答えない。だんだん怪しくなってきた。これまで、あんなに素敵な彼だったのに。でも、もう帰れない。私はこの運命を受け入れることを決めた。


005

私の疑問は杞憂に終わった。二人はいつも通りの会話をしている。コーヒーを飲みながら、テレビを見ながら、このまま楽しい一夜になっていくのだろうなぁ…そう信じて疑わなかった。やっぱり、彼だな。彼は嘘をつかないんだなぁ。これまで私は裏切られたことがなかった。だから、今回も同じように…


006

しかし、現実はそう甘くなかった。突然座っていた椅子が動き出し、真っ暗な空間に放り出されてしまったのだ。その時、私は何も言葉が出なくなるほど驚いた。微かに彼の笑い声が聞こえる。まだ何が起きたのか、全く理解していなかった。そして、もうすぐ私も気付くだろう、このデートの本当の目的を。


007

「まずは、これに着替えろ。」


頭上から声が聞こえてくると同時に、服が降ってきた。どこから降ってきたのかわからない。これまで完全に真っ暗だったが、その言葉とともに少しだけ明るくなった。そして、今どのような環境に置かれているのかを理解した。ここは家じゃない。何処かの貸しスタジオだ。


008

そして、その服がどんな服であるかもわかった。水着とか、そんなものではなく、私が雨の中を、傘も差さずに彷徨っていた日と同じ服だった。私のトラウマを、もう一度抉り出すような“衣装”の選び方。思い出した。彼は私がどうすれば傷つくかをよく知っている。これまで私は単に忘れていただけなのだ。


009

私は恐怖を叫ぼうとするが、まるでその声をかき消すかのように、赤い液体が降ってきた。なんとか液体から逃れようとしても、その液体はずっと追いかけてくる。あまりの勢いに耐え切れず、私は蹲った。メイクも、髪飾りも、全部流れていった。素の私が彼に晒される。それは、人生で一番の屈辱だった。


010

まるで血のようにも見える赤い液体が降り止んだ後、今度は墨汁が降ってきた。彼にとって彼女は玩具でしかないのか。怒りがこみ上げてきて、何度叫んだとしても液体の落ちる音にかき消された。そして、液体の海でもがき苦しんでいる姿を、彼に何度もぱしゃぱしゃと撮られる。私はまるで道化師のようだ。


011

次は青の液体が降ってきた。もう、こうなればどうでもいい。撮られても構わない。SNSに晒されても構わない。一種の吹っ切れたものを自分に感じられるようになった。時に涙を流し、時に狂い咲きのような笑顔を見せながら、全身を液体で染め上げられた私を表現する。シャッター音は鳴り止まなかった。


012

緑、紫、白、オレンジ、シルバー、ゴールド…ありとあらゆる色の液体を浴びた。いつしか、浴びることに快感を覚えるようになった。本能に正直であれる時間、このデートの本質を垣間見た気がする。確かに、私は何処かで格好つけてた部分があった。それを全部、ありったけの液体が洗い流していく。


013

ゴールドの液体が流れ落ちた後、氷水が降ってきた。今まで浴びてきた、どんな水よりも冷たい水。これが最後だと思い、全身で受け止めた。本当に冷たかった。これまで浴びた液体が流れ落ちていく。五分ほどこの時間が続いた後、大きな音がして、氷水が止まった。パーティーは終わったんだ。


014

すべての照明が灯り、彼が入ってきた。そして、私をぎゅっと抱きしめた。彼の望む恋愛が私にはわからない。でも、彼が望むなら、これでいいのかもしれない。彼に抱かれながら、こんなことを思っていた。喧嘩も沢山したよ。でも、こうして今は仲良くできているんだから、それでいいじゃない。


015

家に帰って、風呂に入りながら、私は今日のことをひとつずつ思い出していった。毎日こんな目に遭うのは嫌だけど、たまにはこうやって自分を見つめ直すのも悪くないかもしれない。風呂を出たら、毎日つけている日記に全部纏めることにしよう。いっそのこと、140字に纏めてもいいかもしれないよね。

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