第9話

『逆?』

『私は、ずっと友達のままでいたかったの。だって、私は沙耶がとっても大好きだから。それで、きっとあの子もそう思ってくれてた。だから、こんなことになっちゃったんじゃない』

『……正直さ、あんま良く分からねぇよ』

『だろうね。鉄二は、男だから』

『友達に男とか女とか、そんなの関係無いだろ』

『関係あるよ。大ありだよ。女の友情は、男の友情よりもずっと嘘を嫌うし、そのくせ絶対に嘘が必要だったりするんだよ』

『それって、結局はまともに向き合うのが恐くて言い訳してるだけじゃないのかよ』

 鉄二の指摘は、正論なのだろうと思った。同時に平然とそんなことを言える彼だからこそ、私も希美も好きになったのだと想った。だけど私は、そしてきっと希美もまた、そんな正論だけではどうしようもなくなってしまう、色んな感情がぐちゃぐちゃに絡まり合って身動きが取れない時だって現実には確かにあることを、知っている。

 いや、それはおそらく鉄二だって、内容の詳細こそ違えど、本質的にはある程度似た感情を抱いていたはずなのだ。

『って言うかさ、偉そうな事を言ってたって、鉄二だって、私達との関係の中に男と女を持ち込んだじゃない』

 その証拠に、希美がそう言った時、鉄二は簡単に口ごもってしまったのだろうから。

『ねぇ、鉄二。正直に答えてよ』

『……何だよ』

『どうして、私と付き合ってくれたの?』

『それはお前が』

『私が告白したから、なんて、そんなの狡いよ』

『希美』

『ねぇ、教えてよ鉄二。あなたはどうして、私の告白を受け入れてくれたの。沙耶に振られて、とりあえず女が欲しかったから? それとも、私が沙耶の友達だったから? 私と付き合っていれば、沙耶の近くにいられると考えたとか?』

 鉄二は答えなかった。何かを言おうと、懸命に考えている事だけはありありと伝わってきた。それが余計に辛かった。

 待ちきれなくなったのは希美だった。『じゃあさ、これだけ教えて』

 そして希美は相変わらずの奇怪な笑みを浮かべて、『もしもさ、沙耶がいなくて、最初から私だけと出会っていたら、鉄二は私を好きになってくれたかな』

 ややあって鉄二が返した答は、

『……そんなこと、考えた事もないから、分からないよ』

 それを聞いて、ほんの一瞬、希美の表情が自然なものになった。それから直後に、心から傷ついていると分かるものへ変わった。私には、希美の気持ちが痛いくらいに分かる気がした。

『鉄二は優しいね。正直だし、本当に格好良いと思う』

『それは、その、何て言うか』

『でも、残酷だよ』

『…………』

 私はふと、傍らに立つ男に聞いてやりたくなった。誰かを傷つける嘘を否定するのなら、こんな時、何と答えてやれば相手を傷つけずに済むのかと。それを知っていたなら、私も希美も、鉄二だって、最初からもっと上手く互いに付き合えていたはずなのに。

 黙り込んでしまった鉄二に対して、希美が『こんな大変な時にする話じゃないかも知れないけど』と前置きをしてから、告げた。

『私と、別れて』

 私は我知らず「そんなの駄目だよ」と口から漏らしていた、希美に届くはずもなかったのに。

『俺の事、嫌いなのかよ』

『好きだよ。でも、そんなことはもう関係ないのよ』

『何でだよ』

 鉄二の硬い問いかけに、希美は現在進行形で深く傷ついていると分かる眼差しをしながら、それでもそれを彼から背けなかった。

『今さら、あなたと別れた所で、私が沙耶を傷つけた最低な女だって事実に変わりはないけど。あなたと付き合っている限り、私は私をこの先もずっと許せないままだろうから。だから、別れて』

 希美は真剣だった。鉄二にもそれが分かっていたのだろう、彼はもう『何で』とは口にしなかった。納得したくないと思っているのは明らかだったが、納得しないといけないのだと諦めようとしているのもまた、間違いなさそうだった。

 実を言えば、私は驚いていた。まさか、あの子がこんなにも強く自らの想いを他人に言えるだなんて、思ってもいなかった。いつもいつも、私の後ろに隠れている希美を守って上げているのは自分だったという考えが、急にあやふやな幻想に過ぎなかった気がしてきた。

 もしかしたら私もまた、あの子に背中を見守られていたのだろうか。もしもそうだとすれば、私がいつでも強くいられたのは、あの子が常に後ろにいてくれると信じていたからなのだろうか。

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