第7話

 私達の関係は、それから三人共に同じ地元の公立高校へと進学してからも、変わらなかった。少なくとも、表面上は。

 私は高校入学を機に、部活を止めた。高校にソフトボール部が無かった事が理由というよりも、元々、キャプテンだから続けていただけで、何より日に焼けたくなかったからだ。言うまでもなく、希美も部活に入ったりしなかった。

 ただ、鉄二だけは野球を続けるものとばかり思っていた。運動神経は良いし、ピッチャーとしての実力だって悪くなく、現に入学当初は先輩達から勧誘もされていたのだから。でも、どうしてなのか、彼もまた私達と同じく帰宅部を選んだ。

 私は、正直な所、それを少なからず勿体ないと思いながらも、中学時代と同様に三人一緒に帰れる放課後が楽しくて、一度も彼に部活を勧めたりしなかった。

「君は、彼のことを好きだったんだね」

 改めて直球で聞かれて、涙の乾いた頬が一気に熱くなった。

「それは」違う、はずだった。

 だって、私にとって鉄二は単なる仲の良い友達でしかなかった。異性として好きとか、嫌いとか、そんな面倒でややこしい感情を抱いたりなんて、そんなことは決して――

「答えてくれないと、進まないよ?」

 こちらの思考を寸断するように発せられた言葉に、思わず息を呑んだ私は、ややあって結局、

「……うん、好きだった」

 嘘を吐くことによって生き返れなくなることを恐れたと言うよりも、今さら誤魔化した所で無意味な気がしたのだ。……いや、もしかすると、単にこれ以上の嘘を重ねたくなかっただけなのかも知れない、この想いについてだけは。

「だったら、一体どうして、彼の告白を受け入れなかったんだい」

 そしていよいよ、場面がその時の光景へと変わった。

 私は、ご丁寧なことに、わざわざ一時停止をしてくれているみたいに、衣替え前の格好をしている自分と鉄二が向き合って静止している様子を眺めながら、本当にこいつは最低な奴だと確信した。

「……どうせ、全部知ってるんでしょ」

「君は、こちらの質問に答えれば良いんだよ」

「何が質問よ。人の気持ちを面白半分に詮索してるだけじゃない」

「だったら、審査を放棄するかい?」

 心の底から、ふざけた顔面をぶん殴ってやりたくなった、それもグーで。だけど詰まる所、私に許された選択肢など一つしかなかったのだ。

 死への恐怖とはまるで異なる苦しさに、また涙を溢れさせそうになりながらも、私は思い切り男を睨み付けた。これで泣いてしまうのは、絶対に嫌だった。

「……希美が、鉄二を好きだったからよ」

 心臓が絞られる痛みを実際に感じたけれど、手の平に爪を食い込ませて紛らわした。

 男は至って満足そうに「そうかい」とシルクハットを上下に揺らしてから、一転して今度はやや静かな口調になって、「全く、困った嘘を吐いたものだね」

「どういう意味よ」

「そのままだよ。ただでさえ厄介な二種類の嘘を、見事に融合させてしまっているんだから」

「ちょっと待ってよ。どうして、そうなるのよ。確かに、私は自分の気持ちに嘘を吐いたかも知れないけど、それは誰かを傷つけたかったからじゃないわ」

「でも、彼は傷ついたよ?」

「そんなのっ……。そんなの、どうしようもないじゃない。って言うか、それじゃあ本当に好きでも無い相手から告白された人間はどうなるのよ。『他に好きな人がいるから付き合えません』って言って断ったら、みんな罪なわけ?」

「まぁ、君の言うことも一理あるね」

「だったら」

「問題は、傷つけたのは彼だけじゃないと言うことさ」

 こちらの言葉を寸断して告げられた内容に、私は言葉を失った。こいつは一体、誰の話をしているのだろうか。

「君は本当に心から、こんな嘘で友達を幸せに出来ると考えていたのかい」

 私は、答えられなかった。すぐにでも頷きたかったのに、何故だかそれをさせない気配があった。

 男が「見なさい」と、宙に浮かせたステッキの先を、目に見えない何かをどけるみたいに横へ振った。

 私は、信じられない気持ちで一杯で、束の間、息を吐くことすらも出来なかった。

 場面の時刻はそのままで、カメラを僅かに横へと移動させた風に変化した画面の中には、紛れもなく希美が映っていた。

 今にも泣き出しそうな顔で、校舎の影から私達を覗いている希美の姿に、私は鈍器で思い切り後頭部を打ち付けられたような感覚を味わった。

「あの子、あそこにいたんだ……」

「みたいだね」

「でも、だったら、何で」

 私はあの日、教室に戻ってから見た希美の様子を思い出そうとする。

 けれど、それよりも早く、男が冷静な口調で「彼女もまた、必死だったんだろう」

「……何よ、それ」

「卑怯だと思うかい」

「それは」

「実際問題、彼女はこの二ヶ月後、彼と付き合うことになるのだしね」

「…………」

「だけど、果たしてそれで本当に彼女たちは幸せになれたのか」

 それから男は呆然と立ち尽くすことしかできない私を気に掛ける素振りさえ見せず、「では、それを確かめてみよう」と言った。

「この先は、君の知らない現実だ。なぜなら、君が街で仲睦まじく並んで歩く二人の姿を目にして、直後に路上に飛び出した、その後からの出来事なのだから」

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